荒井浩道著『ナラティブ・ソーシャルワーク』、新泉社、2014年
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内容
さて、当事者の本が2冊続いたため、支援者側の研究書も取り上げないわけにはいきません。荒井氏によるこの本は、ソーシャルワークの領域ではほとんど行われていないナラティブ・アプローチを用いた実践の可能性を展開したものです。
まずナラティブとは何かについてですが、「『物語』と訳される場合は、出来事のたんなる羅列ではなく、なんらかの筋書きのあるストーリーという意味合いが込められて」おり、「『語り』と訳される場合は、ある個人の経験にもとづいた発言を意味し」、声と訳される場合には「大きな声に押しつぶされそうな小さな声という意味が込められて」います(p.8)。このような複数の意味が込められている言葉ですが、共通することは「ナラティブの持ち主の経験を、より深く理解しようとする視点」です(p.8)。そしてこのナラティブの考え方にもとづいた支援方法が「ナラティブ・アプローチ」なのです。
氏はソーシャルワーク領域におけるナラティブ・アプローチの貢献として、「@『物語への言語的介入』という技法をもたらしたこと、A『支援関係の問い直し』という視点を導入したこと」(p.29)を挙げています。そして事例に即して、ナラティブ・アプローチの機能について説明している部分では、以下の部分が分かりやすかったです。「ナラティブ・アプローチでおこなっているのは、『もう一つの物語』(評者注:オルタナティヴ・ストーリー)による『こだわっている物語』(評者注:ドミナント・ストーリー)の『書き換え』ではなく、『こだわっている物語』と『もう一つの物語』の均衡が図られるように『調整』することといえます。」「大切なのは、『こだわっている物語』と『もう一つの物語』の位置関係、力関係を整理し、『こだわっている物語もあるけど、もう一つの物語もある』という『複雑な物語』についてAさんがきちんと理解することです」(p.54)。なかなかバランスのとれた解説だと思いました。
ただし、私自身の読み込み不足を棚に上げて言わせていただくと、どうしてもナラティブ・アプローチだけでは解決できない問題があったり、アプローチ自体に適用限界があることを、さらに明確に打ち出してもらえるといいなと思いました。そして、ぜひ実践者向けの研修を各地で展開していただけたらと、陰からエールと注文を送らせていただきます。
目次
I ナラティヴ・アプローチとは何か? II 困難事例を支援する III 多問題家族を支援する IV グループで支え合う V コミュニティの物語をつむぐ VI ナラティヴ・データを分析する
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