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今回は就労とキャリア形成に関する3冊です。



玄田有史著『孤立無業(SNEP)、日本経済新聞出版社、2013年


内容

 ある日、我が学部の同僚の関水徹平先生よりご本をいただきました。それは『〜果てしない孤独〜独身・無職者のリアル』(扶桑社新書、2013年)という衝撃的なタイトルで、そのなかで孤立無業(SNEP)の実態が書かれてありました。そこで、さらにこの言葉の意味するところを知りたくて、玄田さんの本を読んでみました。東大教授の玄田さんは、『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新書、2001年)を読んで以来、着目している労働経済学者で「希望学」を広めた方です。
 さて、まずこの本のタイトルにもなっている孤立無業(Solitary No-Employed Persons)とはどのような状態かについてです。東京大学の研究プロジェクトのなかで開発されたこの考え方は、以下のように定義されています。「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者のうち、ふだんずっと一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々」(p.22)。2011年時点では、162万人に達しているとされています。
 この本では、社会生活基本調査等のデータを用い、様々な角度から孤立無業の実態に迫っています。なかでも考えさせられたのは次の部分でした。「家族型孤立無業は、非孤立無業に比べても、仕事を探していなかったり、仕事をしたいと思っていない割合は、多くなっています。…その理由は何なのでしょうか。やはり家族と一緒にいる人は、当面の生活はなんとかなっていることが大きいのでしょう。家族から守られていることは無業者にとって、とても心強いことです。しかし一方で、家族による庇護があることは、働こうという活動や意欲をかきたてる上では、かえって障壁となっているのかもしれません」(p.107)。「なかでも一人型孤立無業では、健康でないにもかかわらず、通院をしていない割合が、23.4%にまで達しています。先にみたように一人型孤立無業は、精神的にも不安定であることも少なくありません。ときにはその不安定性の背後には、心身の病気がひそんでおり、治療を必要としている状況もあるかもしれません。ところが、一人型ではそれでも病院や専門機関にかかっていないことが多いのです」(p.148)。
 ホームレス状態などの目に見える貧困・孤立問題も喫緊の課題であれば、その陰で息を潜めながらも確実に広がりつつある見えない貧困・孤立問題の実態を解明し対応していくことも、また急務なのです。


目次


第1章 孤立無業とは
第2章 誰が孤立無業になりやすいのか
第3章 孤立無業者の日常
第4章 孤立無業の現在・過去・未来
第5章 孤立無業に対する疑問
第6章 孤立無業者とご家族へ





大理奈穂子・栗田隆子・大野左紀子・水月昭道著『高学歴女子の貧困〜女子は学歴で「幸せ」になれるか?、光文社新書、2014年


内容

 さて、次は目を「高学歴女子」に転じることにしましょう。これまた衝撃的なタイトルです。ここでの高学歴とは、少なくとも大学院修了者を指しますが、大野さんは芸術大学卒業者ということで、もっと広く捉えているようです。
 結論を言うと、高学歴でも女性は貧困に陥りやすく、男性よりも貧困が深刻化しやすいということを、3人の女性+水月氏が自らの事例や調査データを交えながら展開しています。特に、全体を通して非常勤教員として生計を立てる時の生活の過酷さが伝わってきて、胸が痛みます。そして、女性はそのような境遇に陥りやすい社会的制約があることが述べられています。
 また、女性ではありませんが、水月氏のこれまでの経歴には同情を禁じえませんでした。具体的には「専任の大学教員」になるべく、九州大学で博士号を取得し、論文を40本近く書き、本を10冊以上刊行し、新聞や論壇誌にも数多く寄稿し、いろいろな大学で非常勤講師を行ってきたうえに、学会の事務局次長も務めた。それなのに、50回以上も専任教員の公募に応募し続けたが、ついに"その日”は訪れなかった(pp.36-37)というのです。そして現在はある大学の事務職員として働いているそうです。やはり「仕事(=教員採用)とは縁とタイミング(p.42)」ということなのでしょうか…。私にはそれだけと言いきるには抵抗がありますが、そのような側面がないわけでもないと思います。専門領域にもよるかもしれませんが…。
 なお、この本を読みながらもう一つの高学歴就労問題は、やはり任期付き教員制度だろうと思いました。それについては、大学教員の仕事の流儀その20で述べましたのでここでは割愛します。

 高学歴者の貧困問題をさらに深めたい場合には、水月氏の著書『高学歴ワーキングプア』(光文社新書、2007年)、『博士漂流時代』(榎木英介著、株式会社ディスカバー・トゥエンティワン、2010年)を読むと良いと思います。
 



目次


はじめに‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥水月昭道      
第一章 どうして女性は高学歴でも貧困なのか
      二人の高学歴女子をめぐる現状‥‥‥‥‥‥‥‥‥大理奈穂子 栗田隆子 水月昭道
第二章 なぜ、女性の貧困は男性の貧困より深刻化しやすいのか?‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥大理奈穂子
第三章 結局、女子の高学歴化は、彼女たちと社会に何をもたらしたのか?‥‥‥‥水月昭道
第四章 女なら誰だって女というだけで貧乏になるのだ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥栗田隆子
第五章 「アート系高学歴女子」のなれの果てとして、半生を顧みる‥‥‥‥‥‥‥‥‥大野左紀子
あとがき‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥大理奈穂子



金井壽宏・鈴木竜太編著『日本のキャリア研究〜専門技能とキャリア・デザイン』、白桃書房、2013年


内容

 最後は、一般的なキャリア発達に関する研究論文集をご紹介します。研究テーマにも関連し、キャリア発達に関心がある私は、これまで金井先生の本の多くを読んできました。このサイトでも紹介したこともあります。さらに鈴木先生との共編著となれば、これはもう買うしかない!ということでアマゾンで購入し読みました。金井先生のお弟子さん達が様々な分野を対象にして論文を書いています。
 なかでもとても心ひかれたのは、2つの章です。一つは「芸舞妓のキャリア形成」、もう一つは「ホテルワーカーの職業的コミュニティとキャリア形成」です。いずれも私が今いる世界とは全く異なる世界でのキャリア形成過程が描かれており、もっと深く実情を知りたくなりました。特に前者に関しては、次のようなキャリアパスがあることがわかりました。@仕込み→A見習い→B見世出し→C舞妓になって約1年間(新人期間)→D舞妓になって2〜3年(舞妓としてはほぼ一人前)→E舞妓になって4〜5年目(「衿替え」して芸妓に→F年季(通算約6〜8年)明け(pp.64-65)。とっても興味深いです。ぜひ、この筆者が書いた本も読んでみたいです。
 なお、この本の姉妹編として『日本のキャリア研究〜組織人のキャリア・ダイナミクス』(金井・鈴木編著、白桃書房、2013年)も発売されていますが、少し抽象度が高くキャリアの基礎概念がわからなければ読みにくいように思いました。そのため、まずは「専門技能とキャリア・デザイン」から入るとわかりやすいのではないかと思います。
 



目次


第T部 専門技能の習得とプロフェッショナリズム
Chapter 1 船舶職員候補生のスキル習得
Chapter 2 看護師のプロフェッションフッド
Chapter 3 芸舞妓のキャリア形成

第U部 組織内専門職のキャリア形成
Chatper 4 ハイテク産業における研究開発者のキャリア・ラダー
Chapter 5 アイデンティティを活かすキャリア形成

第V部 日本におけるバウンダリーレス・キャリア
Chapter 6 ホテルワーカーの職業的コミュニティとキャリア形成
Chapter 7 フリーランス・クリエイターのキャリア戦略とコンテンツ産業の構造

第W部 学者のキャリアと学説
Chapter 8 シャイン教授のキャリアと創造的機会主義にもとづくキャリア論




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