2014年8月・9月の3冊 本文へジャンプ
今回は質的研究法を扱った2冊とスーパー研究者の生き方に関する1冊をご紹介します。


田中千枝子編集代表・日本福祉大学大学院質的研究会編集
社会福祉・介護福祉の質的研究法〜実践者のための現場研究〜』、中央法規、2013年


内容


 なぜだかよくわからないのですが、このところ主指導も副指導もしていない大学院生が、私のところに質的研究法の指導を依頼に来ることが多くなってきました。そのなかで私自身が実感したのは、その研究に適した方法の存在は紹介できるとしても、自分が汗水流して習得した研究方法以外は、効果的なスーパービジョンができないということです。
 そして教員としてはその人の研究能力向上にむけて、効果的な指導ができないと意味がないため、「一緒に考えていきましょう」だけではすまない現実があります。そんな現実を目の当たりにすると、つくづく自分はまだまだだなぁ…とため息がでてきます。
 さて、そんななかで先人が行ってきた素晴らしい質的研究の本がいくつもありますので、今回はそれらを紹介しましょう。

 
まず質的研究に取り組みたい社会福祉系大学院生にとって必読文献なのが、田中先生達が編集されたこの本です。この本の執筆メンバー8人は、日本福祉大学大学院修士課程をここ5年間で修了した人達であり、実践現場で働きながら研究をした社会人院生さん達です。現場に関する理論的説明力の向上を求める目的で、2009年に発足した日本福祉大学大学院質的研究会での成果に基づき執筆されています。
 第W章では、様々な質的研究法が紹介されているなかで、関心を持ったのは「4 事例のメタ分析」です。たぶん、W章で紹介している方法のなかで、これまでに取り組んだことがなく、自分が感じていた疑問を解消してくれる一助になったからだと思います。その疑問というのは「研究のサンプルとなる事例が1つ、あるいは、多くとも数例と少ないため、研究としての系統性、データ収集の分析の客観性とプロセスの透明性が欠ける」(p.136)というものです。それに対しては、「事例研究によって生成された仮設については、他の類似事例での仮説を参考にしながら類似仮説を生成し、さらにそれを参照枠として事例を積み重ねて、モデルを生成していくこと」(p.136)、「事例の記述内容をデータとし、複数の類似の事例のデータを集約して多角的に検討する『事例のメタ分析』」(p.137)が有効なようです。
 そして、「第X章 現場実践と質的研究」は、示唆に富んでいます。「研究者の成長は、研究遂行プロセスのなかで、@研究関心の深化、A研究に関する理論・知識の拡大、B研究に関する技術スキルの獲得を循環し、結果、人間としての成長に結びつくと考えられています」(p.172)。私も研究者、研究指導者として成長していきたいものです。
 今、私は教育方法の研究会(ソーシャルワーク演習研究会)を運営していますが、いずれは研究や研究方法について学びあえる研究会を関東でも立ち上げたいと思っています。そのような意味からも、田中先生達の取り組みには敬服しますし、目指していきたい方向性を示してくださったものだと感じています。
 




目次



はじめに

第T章現場研究と質的研究法

第U章質的研究を始める
[1]質的研究のプロセス
[2]研究を支える5つのコミュニケーション
[3]研究テーマの設定
[4]研究計画を立てる
[5]倫理的配慮

第V章質的研究を進める
[1]フィールドワーク@:参与観察
[2]フィールドワークA:インタビュー

第W章質的研究の実際
[1]カードワーク
[2]修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M−GTA)
[3]事例ーコード・マトリックス
[4]事例のメタ分析
[5]エスノグラフィー

第X章現場実践と質的研究

索引
編集・執筆者一覧



萱間真美著『質的研究のピットフォール〜陥らないために 抜け出るために
医学書院、2013年


内容

 ピットフォールとは「落とし穴」のことだそうです。すなわち、看護師資格をもつ大学教授の筆者が、目の前で院生が落ちたことがある、または筆者もろとも落ちたことがある質的研究の落とし穴について、具体的・日常的な事象を取り上げて解説してあります。読みながら、「そうそう」と思わずうなづくところが多いのです。
 例えば、「『私はどこに、なぜ、行きたいんでしょう?』というような疑問を発する人がたまにいる。しかし、その質問には、筆者は答えられない。それは、本人のみが知っていることだから。」(p.30)。これは、研究テーマの設定のみならず、将来の進路を決める分かれ目や就職活動中の学生からもたまに出てくるフレーズです。相談援助の場面では「クライエントの自己決定」という言葉を学びながら、なかなか実践できない現実。私自身も大学院に入学が決まった時、当時のゼミの先生にこんな疑問を投げかけたことがあるので、決して人ごとではありませんが。。。
 「研究方法の項によく書かれているのは、ある研究方法を『参考にした』という1文だ。この書き方では透明性が確保できないと筆者は考える」(p.46)。全く同感です。たまにそんな書き方をしている院生やそのような指導をしている教員がいるのですが、私からみると無責任極まりないと思ってしまいます。その方法のどこまでをどのように参考にしたのかを厳密に書かないと、研究方法の妥当性が担保できないのではないかと思います。
 というように、自身や指導院生の研究プロセスを見直すのに役立つ1冊です。文面が茶色で書かれてあったり、ところどころにおしゃれなイラストが入っていたり、最後にタスマニアの動物の写真が載っていたりと、スタイリッシュな本でもあります。

 



目次



はじめに

chapter 1 テーマを決めるのがむずかしい
 テーマが決まらない(拡散するタイプ)
 質的研究なのだから、テーマは大体でOK?
 文献検索はしなくていい?
 理論的サンプリングをするのだから、対象は決められない?
 帰納的な分析をするのだから、関連する概念の検討はいらない?
 インタビューガイドは1度作ればOK?
 データ収集の方法は、インタビューだけ?
 テーマを語れない(考えの枠組みが強く、柔軟性がないタイプ)
 1回質的研究をしてみたかった
 先生は質的研究が専門だから
 現象への理解に自信がない

chapter 2 研究計画を立てるのがむずかしい
 方法論の記載は、ほかの論文の通りでよいのか
  (質的研究はみな同じか)
 よく使う単語を頻回に使うが、読む側には通じない
  (臨床の言葉と研究の言葉の違い)
 「頭の中に計画がある」と言うが、文字には書いていない
 多すぎる対象設定
 グラウンデッド・セオリー法を「参考にした」と書くことについて

chapter 3 むずかしくないMixed Method
 古くて新しいMixed Method
 トライアンギュレーション型Mixed Method
  −研究報告書の場合など
 埋め込み型Mixed Method
  −質的研究のある一部分として量的調査を組み込む場合など
 説明型Mixed Method
  −調査の一部をより詳細に述べるために組み合わせる場合など
 探究型Mixed Method
  −測定用具の開発のためにインタビュー調査を先行する場合など

chapter 4 データ収集がむずかしい
 フィールドが、受け入れてくれない
 インタビューが、うまくいかない
 非現実的なスケジュール

chapter 5 分析がむずかしい
 テープ起こしがつらくてできない
 データの切片化(スライス)は正しいのだろうか
 対象者の言葉を、研究者の言葉に置き換えてしまう
 研究の問いに向かわない分析
 大切な言葉や表現を見逃す
 どこかで聞いたことのある言葉
 新しいことが出てこない、結果がおもしろくない
 概念がばらばらな方向を向く
 概念図が書けない

chapter 6 論文を書くのがむずかしい
 文献検討には「同じテーマの質的研究がない」ことだけを書けばいい?
 質的研究だから、研究方法は先輩のコピーでOK?
 分析の方法に関しては、なんらかの数字を示したほうがいい?
 定義なし概念と生データだけが並んでいる
 データの引用と概念が合っていない
 データの引用が長すぎる、切れない
 考察が書けない
 結果と考察が関係ない
 概念図はどこまで細かく描く?
 質的研究の論文を英語で発表すること

おわりに
索引




米沢富美子著『〜私の履歴書〜』、日本経済新聞出版社、2014年


内容

 今回は研究方法に関する本の紹介のため、関連する研究者の生き方についてご紹介します。
 以前も書いたことがあるのですが、私はプロフェッショナルな女性の生き方にとても関心があり、自分のモデルのように感じてそれらの人たちの自伝を読んでいます。そのなかの一人、私ですら以前から名前は存じていたのが米沢先生です。
 とにかく「スゴイ!!」の一言に尽きますが、京都大学理学部物理学科を卒業後、物理学の研究に邁進し、日本物理学会初の女性会長を務めた、世界的にも高名な研究者です。また、すごいのは研究面だけではなく、超多忙ななかで3人の娘を育て、2回の手術を受け、それでもバイタリティーあふれる人生を送っていることです。まさに「人生は、楽しんだものが勝ちだ」というタイトルを体現したような生き方をしているのです。
 なかでも感銘を受けたのは、幼少期の幾何への目覚めの部分でした。幾何学に大きな才能を持っていた母親が5歳の幼稚園児の米沢先生に、「三角形の内角の和は二直角」と「内角の和」の証明法を図解してくれたそうです。「母の手元を目で追っていた私は、『証明終わり』と母が言ったとき、証明の内容をすべて理解した。数学の楽しさを知った、最初の瞬間である。そのときの衝撃を、なんと表現すればいいだろう。『雷に打たれたような』『天地開闢に立ち会ったような』『目も眩むばかりの鮮やかな魔術に、魂を呑みこまれてしまったような』いくつ言葉を並べても、そのときに私が受けた衝撃を余すところなく記述することはできない。『こんなに面白いものが世のなかにあるのか!」体が震えた。声も震えていた。…私の人生には、おもちゃも色紙も、もういらない。幾何があれば暮らしていける。そう確信した」(pp.43-44)。全くため息がでます。。。

 
どの章もすごすぎて足元にも及びませんが、同じ女性研究者として追いかけていきたい姿でした。


目次


第1章 長い前口上
第2章 原点の街
第3章 物理への道
第4章 出世作
第5章 仕切り屋
第6章 金字塔
第7章 納めの口上



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