2014年10月・11月の3冊 本文へジャンプ
今回は臨床実践に長けた3人が書いた本を紹介します。


奥川幸子著『身体知と言語〜対人援助を鍛える〜、中央法規、2007年


内容

 2014年10月18日(土)は、私にとって何とも濃い1日でした。「この絵を解くときの最後の1ピースを考えていきましょう」、奥川先生の本のなかに出てくる「絵解き」というフレーズを、この日私は先生の公開スーパービジョンの場で耳にし、次にその1ピースが提示されることにより、スーパーバイジーの関わったクライエントの全体像とバイジーが何に対してモヤモヤしていたのかが詳らかにされました。最後の1ピースの説明は、バイジーとその場に参加した百数十人の聴衆の頭の理解と感情双方ともに納得のいく説明でした。本を読んでいただけでは分からない、スーパービジョンの真髄と醍醐味が伝わってくるライブ会場にいられたことは幸せでしたし、強烈な衝撃を受けた時間でした。
 さて、そんな奥川先生の代表作としては、『未知との遭遇〜癒しとしての面接〜』(1997年、三輪書店)と本書があります。この本は、巻末資料まで入れると670ページという膨大なものであり、臨床実践家がどのようにして「熟成」していくのかを紐説いたものです。いわば、私が長年取り組んできた「ソーシャルワーカーの成長過程」について、臨床実践経験に基づき内側から解説した本といえるでしょう。
 この本のなかで学ぶことは数多ありますが、私が好きな部分は以下のところです。「年齢がいってからの人は、〈職業的な≪私≫〉の形成に必要な基本的な枠組みを、いったん身体に入れてしまえば、これまで生きてきた歴史に刻み込んできたものが多いぶんだけ、クライアントを受け容れる「容量」が大きくなります」(p.396)。「私は〈人間力〉を『生きる強さや生きる上で実際に発揮できる力』と考えていますが、クライアントの理解は、この〈人間力〉をみる視点が重要です。一方で、面接者の側は、とくに他者を自らの身体の内に受け容れられる容量の、質的・量的な大きさが問われてきます」(p.398)。歳をとることは、臨床実践家(研究者も)にとっては悪いことでなく、歳月を経ることにより豊潤な実践ができる器を作ることができることを教えてくれました。そして奥川先生自身が「今の境地に至るまで30年かかった」と仰っていました。
 ひとりひとりのワーカーが身をもって様々な経験を行い、困難に直面した際にそれを乗り越えていくことを積み重ねるなかで、本書に詰まっている貴重な知見について実感し、自らの血肉にしていけるのだろうと思います。
 

目次


序 <相互交流>を基盤として実践される対人援助
 第1節 対人援助実践には〈相互交流〉が不可欠
 第2節 〈相互交流〉と〈交互作用〉

第1部 対人援助の構図:相談者と援助者が置かれている状況の理解
序章 援助者が置かれている状況の全体像を概観する
 第1節 図1「対人援助の構図:援助者自身が置かれている状況の理解」を構成する要素
第1章 クライアントが生きている世界に添った理解のために
 第1節 アセスメント面接とクライアントの自己決定
 第2節 クライアントの統合的理解へのポイント
 第3節 クライアントを構造的に理解するために
 第4節 クライアントの強さや生きる力を査定し、強化していく
第2章 援助者である自分と自分が置かれている状況を把握し、理解できていること
 第1節 場のポジショニング
 第2節 マージナルマン・境界人として立脚:ポジショニング
第3章 相互交流のしくみを理解するために
 第1節 相互交流の不思議としくみ
 第2節 専門的な援助関係と一般的な援助関係について

第2部 身体化のための実際的な枠組み:図2「臨床実践家が身体にたたきこまなければならない枠組みと組み立て」
序章 図2の提示と読み取り方および全体像
 第1節 図2「臨床実践家が身体にたたきこまなければならない枠組みと組み立て」の概念および全体像
第1章 図2を構成している核枠組みの概要
 第1節 1情報収集の枠組み
 第2節 2ストーリーで聴く:問題の中核を早期に見抜いて手当をする
 第3節 3アセスメントの枠組み
 第4節 4臨床像を描いていく(絵解き作業としての言語化と伝達)
 第5節 5相談援助面接及び受理から終結までの支援を組み立てる力
 第6節 6人(クライアント)と固有の問題状況(環境)を理解する枠組み
 第7節 7支援計画を設定するための枠組み
 第8節 8−1援助者である「私」への理解と心身のコントロール:自己覚知とストレスへの対処
 第9節 8−2専門職としての援助業務遂行のための組み立てと実行
第2章 図3「ケアを必要としているクライアントに対するアセスメントの視点」
 第1節 図3の意図するもの
 第2節 図3の全体像について
 第3節 社会資源の定義や考え方、活用上の視点について

第3部 臨床実践家としての熟成
第1章 臨床実践家としての私は、何を熟成させていくか
 第1節 社会資源の一つとしての私を見積もり、強化していく
第2章 臨床実践の身体化の過程と経験
 第1節 「考える身体」に向けて
第3章 臨床実践家の熟成過程
 第1節 表1「臨床実践家の熟成過程」について
 第2節 表1の各段階について
第4章 臨床実践事例を自己検証するための一方法
 第1節 実践事例を書く意味と留意点
 第2節 実践事例の書き方




野村豊子著『高齢者とのコミュニケーション〜利用者とのかかわりを自らの力に変えていく〜、中央法規、2014年


内容

 野村先生は、言わずと知れた日本における「回想法」の大家であり、私の博士論文の副査を務めていただきました。そんな野村先生より、ある日ご本が届きました。この本は、人生のまとめを歩む高齢者とのコミュニケーションに焦点を当てており、高齢者と対人援助職双方のエンパワメントを念頭に置いています。「介護職などの対人援助職がアセスメントをきちんと行い、ケアに活かし、生活の質(QOL)を高めていくこと自体が、対人援助職のエンパワメントにつながり…相手の高齢者の可能性をいっそう理解し、質の異なる新たな出会いへの循環していく」(はじめに)という考えのもと執筆されています。
 コミュニケーションについて考える様々な知見が盛り込まれていますが、とりわけ関心を持ったのは「3-7 高齢者は『死』をどのようにとらえているか」で、グループ回想法の経験を通して執筆されています。死には「過去形の死」と「現在進行形の死」があること。そして高齢者にとっての友人や知人の死は、若い世代の人とは少し異なる意味をもつようだというのです。「高齢者の話を聴いていると、友人や知人の死に際して、その人の死を受け止めているだけでなく、深く考察していると思うことがあ」り、「深い悲しみに暮れるというよりは、若干の距離感をもって考えていると思われる表現」(p.132)をします。「友人・知人の死を語る人は、自分自身の死に対する思いが整理され、明確になっている人が多いようです。ある程度の距離感があるからこそ、死という別れや終わりのあり方を客観視しやすいのだと思います」(p.133-134)。
 この部分はとても新鮮でした。昔、認知症の祖母の自宅介護をしていたり、老人保健施設に勤めたりした経験はあるものの、面と向かってそこで高齢者と死について語りあったことはありませんでした。ましてや、自分はまだ高齢期ではないので、なかなか想像ができない領域でもあります。それに対し、野村先生の長年の回想法を通しての考察からは学ばされました。
 高齢者福祉に携わる人に限らず、対人援助職にはお勧めの1冊です。
 


目次


はじめに

第1章コミュニケーションについて学ぶ
 1 コミュニケーションとは
 2 介護におけるコミュニケーションの考え方
 3 コミュニケーションの「得意」「不得意」について
 4 コミュニケーションを構成するもの
 5 コミュニケーションの伝達経路と雑音
 6 コミュニケーションを深める環境づくり

第2章自分自身について理解する
 1 自分のコミュニケーションの傾向を知る
 2 自分自身を知り、適切に開示する
 3 自分の感情に気づき、認める
 4 自分の「関心」がどこに向いているかを意識する
 5 組織におけるストレスや葛藤と向き合う
 6 スケープゴードの存在を理解する

第3章高齢者とのかかわりについて考える
 1 高齢者(利用者)を理解するとは
 2 信頼関係を形成するために
 3 高齢者の「察する力」「共鳴する力」に学ぶ
 4 「相談する」とは?―なぜ、話しにくいことを話すのか
 5 高齢者の感情表現を受け止めるには
 6 閉じこもりがちな高齢者とのかかわり
 7 高齢者は「死」をどのようにとらえているか
 8 高齢者のセルフ・ネグレクトについて考える
 9 回想を通した高齢者とのコミュニケーション
 10 グループでのコミュニケーション
 11 利用者とのかかわりにおける「ストレス」
 12 家族を理解するとは
 13 高齢者とのかかわりのなかで得られるもの

あとがき
索引





信田さよ子著『カウンセラーは何を見ているか、医学書院、2014年


内容

 だって本屋でこんな表紙を見てしまったら、買わずにはいられないじゃないですか!」と、自分の購買理由を語りたくなるインパクト大の装丁なのですよ、この本は。おまけに信田さよ子さん執筆であり、「何を見ているか」というタイトル。これはもう買わないわけにはいきません。分野は違うけれども、私だって何冊か信田さんの本を読んだことはあるし、講演を聴きに行ったこともあります。おまけに、原宿カウンセリングルームのスタッフとは元同僚でした。という諸々の縁もあり、さっそく読んでみました。
 一足先に読んだ友人の心理士が「包み隠さず書いている本だ」と言った意味が、読み進めるなかでよくわかりました。本当に、ここまで手の内を見せていいのですか?と言いたくなるくらい、内側の事情を描き出しています。
 カウンセリングがどのようなものかを分かりやすく書いたのは、次の部分でした。クライエントが「あからさまな強制によって外海に泳ぎ出てしまうより、『自分で選んだ』満足のもとに生け簀の中で泳いでもらう。そして生け簀ごと、望ましい(たとえば断酒、加害行為の再発防止)方向に移動させること。これがカウンセリングにおける独特の強制であり介入なのである」(p.90)。恐れ入りました。でも、この後、「クライエントの語る言葉を聞くということは、それを『引き受ける』という覚悟を伝えることでもある」(p.97)とも書いています。

 読み物としてもなかなか興味深い本です。特に第2部の「カウンセラーは見た!」は信田先生自身の入院記であり、その後どうなったのだろう…と余韻が残る展開でした。
装丁と同じ一ノ瀬かおるさんのイラストが所々に入っており、昭和の漫画女子だった私にとってはイラストを見てはキュンキュンと心をくすぐられながら読みました♪
 

目次


 はじめに 「聞く」と「見る」

第1部 すべて開陳! 私は何を見ているか
 1 私は怖くてたまらない
  1 武者震いの日
  2 告白
 2 私はいつも仰ぎ見る
  1 一瞬の「上下」勝負
  2 揚力との戦い
 3 私は感情に興味がない
  1 パスワードは住所
  2 高台にのぼる仕事
 4 私はここまで踏み込む
  1 自己選択という契機をどうはさみ込むか
  2 「引き受ける」という覚悟
  3 言ったとおりにしてください
 5 お金をください
  1 エクス・メド
  2 露悪のプライド
 6 私は疲れない
  1 秘密の蜂の小部屋
  2 基準がなければ燃え尽きない

第2部 カウンセラーは見た!
  密やかな愉しみ
  息切れは気持ちいい
  無音劇場
  縦ロールとカルガモ
  最後の晩餐
  認知症とロシア人
   「信」はどこからやってくるか
  母娘探偵は耳を澄ます
  ノジマさんの生命力
  恐怖の屈辱
  共感なんてしたくない
  夜のしじまの果たし合い
  日曜昼前、余韻と予感
  出会いと別れ

 おわりに 私はなぜ見せるのか



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