本と映画(ドラマ)はどちらが面白い??? No.4 本文へジャンプ
ここでは、映画やドラマと原作との比較を行います。内容がわかってしまうことがありますので、ご注意ください。(2010年8月)


原作タイトル『ゴールデンスランバー』(伊坂幸太郎,新潮社)
映画タイトル『ゴールデンスランバー』

 まずはミステリーの数々をご紹介しましょう。
 私にとって「伊坂ワールド」との出会いが、この『ゴールデンスランバー』でした。最初に読んだ本であり、これまで読んだ10数冊の伊坂さんの本の中で、やはりピカイチです。
 何が面白いって、「伊坂ワールド」はどこか不条理で、どこか半音ズレていて、でもそのなかでグイグイと読者を引っ張っていく筆力があり、最後は溜飲が下がるというシステムになっています(たまに下がらない作品もありますが…)。その醍醐味が、主人公の逃亡のスピード感とともに見事に描き出されているところです。
 そして映画も、その軽快感を損なうことなく、堺雅人さんという少し頼りなげで優しく、いかにも罠にはめられそうな俳優を主人公にすることで、成功しています。特に、最後に主人公が公園に現れる場面では、打ち上げ花火が夜空に炸裂するシーンが映像ならではのクライマックス感を彩っており、印象的でした。また、脇を固める俳優が吉岡秀隆、劇団ひとり、柄本明、濱田岳と個性派揃いで、なかなか良い味を出していました。
 この作品は、原作を先に読んでも映画を先に見ても、どちらでも楽しめるのではないかと思います。


原作タイトル『ゼロの焦点』(松本清張,新潮文庫)
映画タイトル『ゼロの焦点』
 
 この作品は、映画に物を言いたい点が残りました。
原作を読むと、大抵いくつかの「決めシーン」というのが見つかります。私のなかでこの作品の「決めシーン」は、一番最後のシーンです。
 すなわち、犯行を犯した良家の奥様、室田夫人が暮れかけた海に一人船を漕ぎ出し自死をはかる場面です。もともとは勝浦の網元の娘で幸福な子ども時代を過ごしたのに、戦争で米軍相手の仕事をせざるをえないという悲しい過去を背負った人でした。水平線と厚い雲間の間に、黒い一点になっていくシーンは、ぜひとも映画に入れてほしかったところです。映画では、その場面はカットされ、奥様が見つかった時には船のなかで亡くなっていたというものでした。また、映画では人が死ぬシーンをその都度描いていて視覚的には刺激的ではありますが、原作で描かれていた「何か」が入っていない気がしてなりませんでした。それはきっと、視覚に訴えかけない部分なのでしょう。
 とはいえ、どんよりした冬の金沢の風景が主人公の不安な心情と重なり、より息苦しさを増していました。「そういえばこんな北陸の冬が嫌で、私も家を出たのだったなあ」と、思わず18歳の頃を思い出してしまいました。松本清張氏の小説は、私にとっては生まれる前の時代が舞台になっていることが多いのですが、なぜかどの本も郷愁をそそられ、そして社会の深淵を垣間見させられる題材になっています。


原作タイトル『さまよう刃』(東野圭吾,朝日新聞社)
映画タイトル『さまよう刃』

 もう1つだけ、重たい作品を取り上げましょう。東野圭吾氏の小説は、すでに多くが映画化・ドラマ化されており、いくらかの作品を目にした人も多いのではないかと思います。私も映像化した作品はほとんど原作に目を通していますが、この本はそのなかでもかなり重量感のあるものでした。
 以前にこのシリーズで書いた『手紙』とは、主題が対になっています。『手紙』が犯罪者の兄弟の暮らしを取り上げている一方で、この作品は娘を殺された被害者の父親の復讐劇を取り上げています。原作に忠実な映画の父親役は、ほどよく枯れた寺尾聰が演じており、「もう犯人を見つけて復讐するしか生きる術がない」という父親の心情が絞り出すように描かれていました。
 2010年の今でこそ殺人などの
公訴時効が廃止されましたが、この作品が書かれた2003年年頃にはまだ時効という枷があった被害者側の状況がマスコミに取り上げられ、私自身もやるせない被害者感情を思い涙することがありました。でも、きっと犯人が見つかっても、逮捕されてもずっと被害者やその家族の行き所の無い感情はさまよい続けるのだろうなということを、この作品を見て感じました。
 1つだけ、原作と映画の違いを指摘するならば、父親が最後に犯人をおびき出した場所が、原作では上野駅なのに映画では川崎に変わっていました。きっと、上野駅が綺麗に改造され、原作のイメージが出せなかったからかなぁと勝手に想像しているのですが、真相はいかに…。

原作タイトル『面白南極料理人』『面白南極料理人 笑う食卓』(西村淳,新潮文庫)
映画タイトル『南極料理人』

 さてさて、重たいお話が続いたので、このあたりで気分を変えましょう。実は私には食べ物の写真を見るのが好きという、変わった趣味があります。実際に食べるよりも、食べ物の写真を見ていた方が満足するので、家にはお弁当をはじめ食材や料理法の本が沢山あります。食べる物は毎日同じでも、写真はバラエティに富んでいた方が良いのです。
 そのため、当然のことながら食べ物が主題の映画はよく見ています。そしてこの映画は、見事に私のツボを刺激し、満足させてくれた作品でした。なんといっても、出てくる食べ物の種類が多い。天ぷらやお刺身という和食、大きなおにぎり、数々の中華料理、皆が黙ってしまうカニ、ミッドウインター祭のフレンチ、氷上のかき氷、べっとりした唐揚げ、遠近感がわからなくなる伊勢エビのフライ、そしてやっぱりラーメン。どれもこれも美味しそうで、特に南極という極限で他に楽しみがないなかでの至極の食事時間の喜びが、伝わってきました。
 原作では、西村さんがどうやってマイナス57℃の過酷な場所に食材を運ぶかという、冷凍食品にする際の苦労話も載っていて、それはそれは興味深いお話の連続でした。それも、なかなかのユーモアセンスの持ち主で、読みながら思わず笑ってしまう場面も何度か。
 ちなみに、『かもめ食堂』でもおなじみのこの映画のフードスタイリスト飯島奈美さんのファンで、何冊かの御本が我が家の本棚に並んでいます☆

原作タイトル『食堂かたつむり』(小川糸,ポプラ社)
映画タイトル『食堂かたつむり』

 この作品も、食べ物と女性シェフが主人公です。ストレスから言葉が出なくなった主人公が、実家の母親のもとで「食堂かたつむり」を開き、そこで食事をした人達に次々と奇蹟が起こるお話です。
 最初、原作を読んだときには通向きの料理が沢山出てきて、今一つイメージができませんでした。例えば、ザクロカレー、子羊のロースト、ジュテームスープ、そして大好きなお母さんの結婚式で出したペットの豚(エルメス)を丸ごと1頭使った各国料理。そのなかで、なぜかリアルにイメージできたのが、主人公が最後に口にする野鳩のローストです。お母さんが亡くなって落ち込んでいる彼女に、一羽の鳩が生きる力と再び料理を作ることの意欲を沸き立たせてくれたのです。
 映画では、それらの料理が映像になって現れますから、「そうか、こんな料理だったのか」とストンと自分のなかに落ちます。また、このミステリアスな主人公のシェフを柴咲コウが演じており、いかにも魔法をかけられそうな気分になりました。
 ただ、映画では淡々とお話が進んでいくので、最後のクライマックスシーンで描きたかったであろう「生と死の再生」「食物による生命の連鎖」というテーマについては、原作のほうがより強く心に訴えかける説得力がありました。映画を観て、少しだけ物足りないなぁ(決め手になるスパイスが足りない)、という感想を持ちました。

原作タイトル『カムイ外伝』(白戸三平,小学館文庫版他)
映画タイトル『カムイ外伝』

 さて、ここからは漫画が原作の三作品を取り上げましょう。
 子どもの頃、超能力や忍者物が大好きで、アニメ「カムイ伝」は欠かさず見ていました。今でも主題歌を歌えるほどです。そのうち、アニメだけでは物足りなくなり、『カムイ伝』『カムイ外伝』と次々と買っては読む日々が始まりました。たしか、「カムイ伝」よりも『カムイ外伝』のほうが劇画調で内容も大人向きだったような気がします。そんな漫画が実写版になるといえば、見ないわけにはいきません。それも、漫画の実写にめっぽう強い松山ケンイチ君が主役となれば。
 ということで映画を観に行ったのですが…うーん、やっぱり漫画は漫画の方が良いかもしれません。抜け忍のカムイは離島に逃げてきものの、そこにも追っ手がやってきて、やがて島民が皆殺しにされるというお話。映画の出来は原作に忠実であり、キャストも松山君と小雪さんという、ほの暗さをたたえた二人なので申し分ないのですが、観た後の気分が沈んでしまうという最大の難点がありました。おおよそどんな展開になるかは分かっているはずなのに、なぜか実写版で観てしまうとやるせない気分になるのです。リフレッシュのつもりが、かえって重苦しい気分になってしまいました。
 ちなみに、原作ではこのストーリーのラストはかなり凄惨なシーンになっており、目を背けたくなりました。が、さすがに実写版では人道上その描写は許されなかったのか、その部分はカットされていました。やはり、漫画は漫画にとどめておいたほうが良い作品もあることを、実写版を観ることで実感したのでした。

原作タイトル『女の子ものがたり』(西原理恵子,小学館)
映画タイトル『女の子ものがたり』

 さて、気持ちを切り替え、今度は今ブレイクしている西原理恵子さんの作品です。西原さんの作品はまだ読んだことがない時に、タイトルにひかれてこの映画を観に行きました。そして、映画館で原作本を買い、観賞後に読みました。
 四国の田舎町で、「底辺校」に入学した貧乏な女の子達。今ここではない何処かに行きたいのに、何処へも行けない日々。大人の女性になっても、貧乏だったり夫からの暴力を受けたりで、やはり何処へも行けない日々が続きます。最後には、仲良しの一人が病気で死んでしまうという悲しい結末も待っています。そんななか、主人公だけは街を出て東京で漫画家になり、「ここではない何処か」に行くことに成功します。でも、気持ちはいつも昔の友達のことを考えていて、ラストシーンは「もうこんな友達は一生できないと思う」と締めくくるのです。映画では、高校時代の主人公を演じる大後寿々花さん達が、瑞々しく爽やかで、とても好感が持てます。
 そんな映画を観て、自分自身の少女時代を思い出しました。あの頃、何処かに行きたくて仕方がなかった自分、補導されたり教師に殴られたりとやんちゃもしたけれども、今はあの頃考えていた「何処か」に行けた自分。その時に、一緒に連んでいた人達は今どうしているのだろう、何処かに行けたのだろうかと、思いを馳せたくなりました。
 原作では、「ヘタウマ」な西原さんの絵だからこそ伝わってくるリアルさと、切なさがあります。原作も映画も、噛みしめるように味わいたい作品です。多分、一部の女性にとっては何度も心の琴線に触れる、忘れられない作品になるのではないでしょうか。

原作タイトル『パーマネント野ばら』(西原理恵子,新潮文庫)
映画タイトル『パーマネント野ばら』

 西原作品第二弾です。今回は、原作を先に読みましたが、実は最後までよくわからない部分がありました。
 『女の子ものがたり』と同様、この作品も女性の生き方が主題です。田舎で美容院を開いている母のもとに、主人公のなおこが子どもを連れて出戻ってきます。なおこと彼女を取り囲む様々な女性の生き様が、映画の中盤まではなんの変哲もなく描かれていきます。原作も全体的に同じトーンで描かれているので、このストーリーの山場は一体どこなのだろうと、疑問符に包まれたまま終わることになるでしょう。実は原作を読むだけでは、解釈が難しいところがあるのです。
 しかし、映画の終盤のどんでん返しによって、今まで見てきた風景がビビッドに変わり、一気に意味を持ったストーリーに変わっていきます。なおこのおじいさんが幼いなおこに言った言葉「人はなあ二回死ぬで。一回目は生きるのがやまってしまう時、二回目は人に忘れられてしまう時や」が、この作品の鍵を握っています。
 それからもう1つ忘れられないのは、最後の海のシーンで親友のみっちゃんが「みっちゃん、私狂ってる?」と聞いたなおこに答える台詞です。「そんなやったらこの街の女はみんな狂うとる。ええねん、わたしら若いときは世間さまの注文した女、ちゃんとやってきたんや。これからはわたしもあんたも好きにさせてもらお」。
 女性達の置かれている哀しい現実と、それに抗してたくましく生きていく女性の姿が描かれた、印象的な作品です。

原作タイトル『沈まぬ太陽』(山崎豊子,新潮文庫)
映画タイトル『沈まぬ太陽』

 「2010年7月・8月の3冊」でも紹介した作品であり、なかなかの大作です。
 まず、何も言わずにこの作品の映画を作った方々に敬意を表したいと思います。ワールドワイドなロケの実施、豪華な俳優陣、中休みがあるほどの長編作、きっと相当な予算額…。どれをとっても従来の映画とは破格であることを思い知らされます。また、ちょうど完成の時期がJALの会社更生手続の開始時期と重なったり、労働組合の執行委員長が主人公ということもあり、制作者側に相当な圧力がかかったことが予測されるなかで、とにかくこの映画を作り上げたこと自体に感服しました。
 その上で、諸々のことを言わせていただくと…、映画はやはり大味で原作の木目細かさが削がれている気がしました。まあ、長編を数時間にまとめること自体の制約があるのでしょう。特に、原作の醍醐味としては、主人公の労働組合委員長の恩地元の内面的苦悩が、これでもかというくらい克明に描かれています。何年も海外勤務を余儀なくされ、帰国したらしたで御巣鷹山の事故処理に奔走させられる主人公の境遇と、そのなかでも安全と企業再生のために不屈の闘志を燃やす力強さが、原作の肝になっています。残念ながら、そのあたりの描写が映画では少ないため「苦悩」が伴わずに「事実」のみが進んでいってしまう感じがぬぐえません。
 しかしながら、それでもこの映画が誕生した事実は、日本映画史上の一里塚という気がします。そしてまた、御巣鷹山の事故から25年目を迎え、事故を風化させないための影響力はやはり大きいのではないかと思いました。

原作タイトル『告白』(湊かなえ,双葉文庫)
映画タイトル『告白』

 第6回本屋大賞を受賞した作品です。主人公の女性教師の一人娘が担任のクラスの中学生に殺されてしまう。その犯人に復讐をする過程を、それぞれの関係者の口から告白させる形で、話が展開していきます。 
 原作は軽快なテンポで進み、一気に読んでしまいました。筆者はなかなか筆力があり、構成がよく練られていることがわかります。
 映画は基本的には原作に忠実に作られており(多少の違いはありますが)、教師役の松たか子さんの演技力が際立っています。ただ、映像によるセンセーショナルな見せ場が続き、いささか疲れてしまう部分も。特に、最後に娘を殺した中学生が、自分で作った爆弾で母親が勤務する大学を破壊するシーンは、「そこまで描かなくても」と見ていて辛くなる場面でした。
 でもまあ、原作にしろ映画にしろインパクトの強い作品であることは違いありません。今でも松さんの台詞が耳に残っています。「ドッカーン!!」って。

次回へ続く

前のページへ戻る

趣味のページへ戻る