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夏休みの今月は、少し時間をかけて読みたい中・長編小説をご紹介します。


沖方丁著『天地明察』、角川書店、2009年

内容

 江戸、四代将軍家綱の御代。戦国期の流血と混迷が未だ大きな傷として記憶されているこの時代に、ある「プロジェクト」が立ちあがった。即ち、日本独自の太陰暦を作り上げること。
 武家と公家、士と農、そして天と地を強靱な絆で結ぶこの計画は、そのまま文治国家として日本が変革を遂げる象徴でもあった。実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれながら安穏の日々に倦み、和算に生き甲斐を見いだすこの青年に時の老中・酒井雅楽頭が目をつけた。
 「お主、退屈でない勝負が望みか?」日本文化を変えた大いなる計画を、個の成長物語としてみずみずしくも重厚に描いた新境地。
(web kadokawaより  http://www.kadokawa.co.jp/sp/200911-06/)


感想

 梅雨疲れ→夏バテ→お休みということで、今回は福祉の本はお休みして時間がある時にゆっくり読みたい中・長編小説をご紹介します。
 碁打ち、和算、太陰暦…コテコテの文系の私の辞書には一切無い言葉です。そして歴史小説。まず、手にとって読むことはあり得ないこのジャンルの小説。しかし、なぜか移動途中にこの本を手にして読んでみようと思いました。なぜなら「2009年度本屋大賞」という文字が。歴代の本屋大賞受賞作は面白いので読んでいたので、やはり読んでみました。
 すると、どうでしょう。私の中では大ヒット、今年読んだ中でのナンバーワン、いや、ここ数年で5本の指に入る名作じゃありませんか!『だから小説は辞められない』と久々に感じた1冊でした。
 何が良いかと問われたら、実在した渋川春海の挫折しても挫折しても起き上がる精神と、巧妙な戦略のもとでの大事業大成までの道のり、全体を通して「ああ、自分にもこんな気概があったのだな」と思い起こさせてくれるストーリーが、なんとも琴線に触れるのです。
 長編が苦手なお友達にも、「これは読む価値あり」と勧めています。今年度の直木賞は逃しましたが、きっといつか大河ドラマになるだろう(なって欲しい)と、勝手にキャストを想定して楽しんでいます。


夏川草介著『神様のカルテ』、小学館、2009年

内容

 栗原一止は信州の小さな病院で働く、悲しむことが苦手な内科医である。ここでは常に医師が不足している。
 専門ではない分野の診療をするのも日常茶飯事なら、睡眠を三日取れないことも日常茶飯事だ。
 そんな栗原に、母校の医局から誘いの声がかかる。大学に戻れば、休みも増え愛する妻と過ごす時間が増える。最先端の医療を学ぶこともできる。
だが、大学病院や大病院に「手遅れ」と見放された患者たちと、精一杯向き合う医者がいてもいいのではないか。
 悩む一止の背中を押してくれたのは、高齢の癌患者・安曇さんからの思いがけない贈り物だった。第十回小学館文庫小説賞受賞作。
(AMAZON.CO.JPより)

 

感想

 奇しくも2009年度の「本屋大賞」2位になった作品ですが、『天地明察』よりも随分前に読みました。やはり病院が舞台の小説は食指が動くようです。
 なんというか語り口調が主人公の好きな夏目漱石そのもので、読んだ当初は『何だこれは!?』という疑問符がぬぐい去れませんでしたが、読み進めていくとなかなか泣かせてくれるシーンが何度か潜んでいるのです。特に何年も同じアパートに住んでいた同居人の帰省を、桜の花道で送るシーンなんかは。
 でも、一つだけ言わせてもらえれば帯に「神の手を持つ医者はいなくても、この病院では奇蹟が起きる」とありますが、確かに医学的な技術はどうかわからないけれど、主人公のような心根のお医者様がいたら、もう有り難い「神様」みたいな存在だと思いますけどね。
 ちなみに、2011年に映画化するそうなので、原作との比較が楽しみです。


山崎豊子著『沈まぬ太陽1~5』、新潮文庫、平成13年

内容

 日本を代表する航空会社の凄まじいまでの腐敗。85年の御巣鷹山事故の衝撃を出発点に、その内実を描いたノンフィクション・ノベル。全5巻の大作ながらベストセラーになった。
 労組活動を「アカ」呼ばわりされ、海外の僻地勤務を命じられた主人公・恩地に、リストラ社会を生きる人々の共感が寄せられたのが一因だろう。だが、もっと重要なのは、だれもが知るあの会社をモデルに実在人物をも特定できる形で汚点を紡いだ「蛮勇」ではないか。たとえ事実と創作の混線ぶりが気になるにしても。
 「白い巨塔」の財前や「不毛地帯」の壹岐でなく、企業内で黙々と働く恩地が英雄という閉塞時代に、私たちはいる。(藤谷浩二)
『ことし読む本いち押しガイド2000』 Copyright© メタローグ. All rights reserved
(AMAZON.CO.JPより)



感想

 この小説を初めて読んだ8年前には、まさか映画化されるとは思いませんでした。だって、労組が舞台だし、ナショナルフラッグの事故だし…。でも、2009年に映画化された作品を観ての感想は、映画としての緻密さ・繊細さという面はともかく、多くの抵抗勢力が想定されるなかで、これほどの大規模で壮大な映画に仕上がったことに、まずは感服しました。
 小説の全編を読み通すには、なかなかの根気が必要です。なぜなら第三巻の「御巣鷹山篇」などは、とても一気に読み通せない感情の起伏を伴うからです。そんな感情体験を通して、社会のなかの問題がどのようにして生じているのか、それが人々の生活にどのような影響を及ぼしているのかが見えてきました。
 ストレスが多い時期にはお薦め出来ませんが、ポッカリとお休みができて、かつ骨太の社会問題を扱った小説を読みたい時にはお薦めです。


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