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今回は『日本ソーシャルワーク学会誌』に掲載した書評により、本の紹介をします。
 
 
 ご無沙汰しております。
約1年ぶりの本紹介です。今回は、『日本ソーシャルワーク学会誌』第39号(2019)に掲載された、林祐介先生の本の書評を掲載します。
 林先生と私は、日本福祉大学名誉教授の二木立先生に師事していた大学院の「兄弟弟子」で(時期は全く異なります)、現在は共に『医療・福祉政策塾(二木ゼミ)』の世話人を行っています。博士論文に基づく優れた研究書を出版され、私がその書評を書きました。
 退・転院支援に携わる医療ソーシャルワーカーと、博士論文を書いている人に読んでいただきたい1冊です。


 
林 祐介著『『効果的な退院・転院支援 −医療ソーシャルワーカーの専門的役割−』
旬報社、2019年

内容
 
T.はじめに
本書を最初に知ったときに、「医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)にとって、タイムリーで重要な本が出版された!」という印象を持った。
近年の診療報酬改定で、社会福祉士資格を持つ MSWには退・転院支援が求められるようになり、ワーカーの雇用が増加してきている。そして、以前に比べてMSW業務の多くを退・転院 支援が占めるようになってきた。一方で、病院経営に直結する効率偏重の退・転院支援になり「患者ではなく書類だけみて仕事をするMSWがいる」ことや、「退院支援看護師と共に働くうえで、 MSW の独自性・専門性に疑問が残る」ことについて、各地の職能団体役員より耳にする機会が増 えた。
では、一体、MSWの専門性を生かしつつも、効果的な退・転院支援を行うとはどのようなことなのだろうか。筆者はこの疑問に対して、「MSW による退・転院支援の質をいかに向上させていくのかという観点から、病院現場の実態やそこで生じている問題の構造を実証的に検討し、それをもとに、MSW による効果的な退・転院支援の方法を見出すこと」(p.18)を目的とし、筆者と関わりのある病院を主なフィールドとし、量的調査と質的調査を組み合わせた混合研究法を用いて明らかにしている。
以下、本書の概要を紹介したうえで、本書の評価点と今後の研究への要望について述べていく。
 
U.本書の概要
本書は、序章を含め全7章構成である。
まず、本書の目的を達成するために、序章では 3つの課題が設定されている。@患者と家族の 退・転院先についての合意形成が困難な事例の実態を示しつつ、患者と家族の特性や状況に応じた効果的な支援方法を可視化すること、A自宅退院 後の患者と家族が有している不安・困り事の実態を示しつつ、患者と家族の安心感や満足感を向上させるための支援方法を可視化すること、B転院困難患者が抱えている問題の構造を示しつつ、それへの有効な支援方法を可視化することである。第1章では、退・転院支援についての文献学 的検討を行い、6つの視点から研究の動向と課題 を整理・検討している。@MSWの退・転院支援 業務の実態、A退・転院支援等の質と評価法、B患者と家族の意向をふまえた退・転院についての意思決定・自己決定支援が求められる背景と動向、C自宅退院支援の質向上が求められる背景と動向、D効果的な転院支援が求められる背景と動向、E転院支援からみる保証人問題への対応が求められる背景と動向である。
第2章では、本研究の調査計画について述べている。研究では、3種類、合計7つの調査を実施した。1種類目は、患者と家族の退・転院先に関わる意向の異同に着目した、カルテ・ソーシャルワーク記録を用いた量と質の調査である。2種類目は、自宅退院後の患者と家族の不安・困り事に着目した量と質の調査である。そして3種類目は、転院制約要因に着目した量と質の調査とアクションリサーチである。
第3章では、患者と家族の退・転院先の意向について行った2つの調査結果について述べている。まず量的調査では、家族と患者の意向の比較結果を、「家族は患者本人と比較して、多様な視点から退・転院先を検討している点」「家族の退・転院先の意向は、患者の退・転院先の意向と比べて変動しやすい点」「患者と家族の退・転院先の意向において、配偶者と子では異なる影響を及ぼしている点」から考察している。次に質的調査では、「患者と家族の入院時意向の異なった事例」と「患者の入院時意向が把握できなかった事例」の特徴、および患者と家族の退・転院先の意向に関わる要因について考察を加えている。
第4章では、自宅退院後の患者と家族の不安・困り事について行った2つの調査結果を紹介している。まず退院計画に関わる病院スタッフの支援プロセスと患者アウトカムとの関連についての量的調査では、@退院計画のプロセスの不備が患者アウトカムに及ぼす影響、A中長期的な視点を含めた評価の必要性、B家族状況を深くとらえた評価の必要性について考察している。次に「短期間で再入院にいたった事例」の質的調査では、@再入院にいたった主な理由からみえること、A患者または家族側とケアマネジャー側の認識の異同からみえることについて考察を加えている。
第5章では、療養型病院・施設等への転院制約要因と、それを有する患者への取り組みについて行った3つの調査結果を紹介している。まず転院制約要因を有することで生じる困難性についての量的調査では、転院制約要因を有する患者群と有しない患者群の比較結果を4点より考察している。次にMSWによる転院制約要因を有する患者の早期把握とその効果についてのアクションリサーチでは、転院支援のプロセス指標とアウトカム指標の2つの観点から考察を加えている。そして療養型病院・施設等が求める保証人役割についての質的調査では、機関側が保証人を求める理由、保証人問題の解決事例、保証人問題の解決 に向けた働きかけがMSWに求められていることを考察している。
第6章では、本研究の総括を述べている。7つの調査のまとめと仮説の検証状況、本研究の課題の達成状況と新たな知見、MSW による効果的な退・転院支援を実現するための方略、本研究の意義と今後の課題である。
 
V.本書の評価点
次に、本書の評価点3点について述べたい。
第一は、MSW 出身の研究者である筆者ならではの強みを活かし、身近なデータを活用しつつ分析を行っている点である。筆者は過去13年間にわたり、回復期リハビリテーション病院と介護療 養型医療施設を有する病院で、MSW として退・転院支援に携わってきた。本書は、その間に執筆した博士論文(林2016)に基づくものである。
そのため研究の主な調査フィールドは、筆者と関わりのあるA 医療法人 B 病院の回復期リハビリテーション病棟であり、その病院で蓄積されてきたカルテ・ソーシャルワーク記録を子細に分析した量と質の調査を行っている。なお、必要に応じて他のフィールドへの調査も実施してきた。フィールド選定理由は「身近だから」という安易なものではなく、地域に根ざした医療活動を積極的に展開しており、信頼に足るデータの捕捉が可能なためであることがわかる。第4章では「短期間で再入院にいたった事例」の質的調査を行い、 再入院にいたった主な理由や経過を「退院直前期」「在宅導入期」「在宅安定期」ごとに分析している。このような木目細かい視点は、実際に現場実践を行っていなければ気がつきにくく、分析の際にも実践で培った経験と知識が活かされている。なお、他の章でも随所で現場実践者としての 強みが読み取れた。
 現在、評者は本学会で発刊した『ソーシャルワーカーのための研究ガイドブック』に基づき、愛知県MSW協会において研究発表支援ゼミナールを行っている。そこでは、現場実践者によって行われる実践研究の必要性を伝え、現場の課題解決にむけた実践研究の基礎部分についてサポートしている。その点から本書は、実践研究の最高度な発展型として現場実践者が研究に取り組むうえでのゴールとその道筋を示すものであり、実践研究とは何かを示すものである。そのため、研究を志向するワーカーに一読を勧めたい。
第二は、退・転院支援という切り口から MSW の独自性・専門性の解明に迫っており、現任 MSW が応用可能な知見を提示していることである。とりわけそれは、退・転院についての意思決定・自己決定支援に焦点化した第3章と、MSW による転院制約要因を有する患者の早期把握と、その効果や保証人問題に焦点化した第5章に集約されていた。
まず退・転院についての意思決定・自己決定支援に関して、筆者は「『意思決定』は患者または家族の意思で何らかの決定をする際に用いられるのに対して、『自己決定』は患者本人による決定を意味しており、家族による決定は含まれていない」(p.27)と定義している。MSWには患者と家族の意向を調整・支援する役割が求められるものの、両者の間でジレンマを感じることも少なくない。その点に関連する第3章では、「患者と家族の退・転院先の入院時意向が異なった事例」と「患者の退・転院先の入院時意向が把握できなかった事例」の質的調査に取り組んでおり、入院時意向と入院中の意向の変化、自宅促進要因と自宅以外促進要因、介護者数と自宅退院困難基準を明確にしている。そして、「『患者と家族の入院時意向が異なった事例』群では、すべての事例で患者の入院時意向が表明されていることもあり、それを受けて、家族の意向が変化している可能性があり、MSW はこうした家族の意向に注目した意思決定支援を行うことが必要」(p.155)なことを提起している。また、家族を多面的に評価する必要性にも触れており(p.140)、MSW が行うべきことを示している。
また第5章では、MSW が転院制約要因を有する患者の早期把握により、入院日からMSWが退・転院先選定に関わる面談をはじめて行った日までの期間が短縮されたことを報告している。ここでは、医師が転院を指示した日から転院日までの期間の違いの有無にも触れているものの、MSWがどう動けば良いのかを示唆した。さらに、同じく5章で転院制約要因のうち「保証人なし」の患者は、希望に沿った転院先に移ることができていない実態を明らかにしており、医療機関のなかで保証人問題の解決に関わることが多い MSW にとって、取り組むべき課題を提示している。
そして第三は、研究論文を執筆するうえで堅実な手法を活用しており、特に博士論文を執筆する際には全体構成も参考になる点である。評者は大学院生や現場実践者の研究指導に関わるなかで、研究デザインの策定は家の設計図を書くような作業であり、最も大事な局面だと感じている。設計図が不十分であるとそのうえに建てた家も安定性が弱くなったり、後で「柱」が1本ないと分かっても「時すでに遅し」となることもままある。とりわけ博士論文の執筆に関していえば、現在ほとんどの大学院で数本の査読付き論文を課すため、各パーツは質が良くても全体構成のバランスが良くない論文が見受けられる。
その点でも本書は大いに参考になるだろう。先行研究の収集プロセス(p.35)や本研究における調査枠組み(p.95)、各調査(第1〜7調査)の相互関係(p.115)という全体の見取り図を示しつつも、各章では詳細な内容が記述されている。また、3種類全ての調査において量と質の混合研究法に取り組み、客観性・実証性を担保している。さらに、第6章では調査に基づく総括を行いつつもMSW による効果的な退・転院支援を実現するための方略も提案しており、読者にとっては納得できる結びとなっているのではないだろうか。
 家に喩えると、しっかり地均しされた土台のうえに複数の柱を建てて安定性を保ち、さらに頑丈な屋根で覆われているような造りになっている。このような良書を参考にすることで、論文執筆の質を高める示唆が得られるのではないかと考える。
 
W.今後の研究への要望
最後に、本書を読んで感じた今後の研究への要望2点についても触れておきたい。いずれも、 筆者自身が「今後の課題」として述べている部分 に関連したものである。
第一は、今後はさらに対象を拡大し、多様なフィールドでのアクションリサーチに取り組んでいただきたいことである。「V。本書の評価点」の 1点目で述べたことであるが、本研究は筆者が関わっている A 医療法人 B 病院が主なフィールドである。その範囲内では納得できる結果になってはいるものの、普遍化するためには新たなフィールドでの実証的作業が不可欠といえよう。とりわ け、MSW 自身が実践を行うなかでデータを収集するアクションリサーチが7調査中1調査に留まっているため、MSW の強みを生かすのであれ ばさらなるアクションリサーチに取り組み、結果の信頼性を高めていただきたい。
第二は、MSW による効果的な退・転院支援というミクロレベルに焦点化した課題と、その背景となる組織・地域・制度・政策というメゾ・マクロレベルとの結びつきについて、示していただきたいことである。とりわけ、保証人問題の解決に向けた働きかけがMSWに求められている点までは本書のなかで提案されているものの、何をどのように改善していけばよいのかが十分に読み取れなかった。また、MSW による転・退院支援と他職種(とりわけ退院支援看護師)や所属組織のあり方、地域特性等の多様な要素との関連性についても、さらに掘り下げた検討をしていただければと考える。
全体を通しては、今後ますます重視される MSW の転・退院支援に関する研究のプラットフォーム形成に成功しており、本研究を基盤にして多方面に研究が展開できる可能性が感じられた。 筆者が、今後の医療福祉領域の研究を牽引されることを大いに期待したい。
 
引用文献
林祐介(2018 )「医療ソーシャルワーカーによる効果的な退・転院支援についての実証的研究」『日本福祉大学大学院博士論文』
日本ソーシャルワーク学会監修(2019)『ソーシャル ワーカーのための研究ガイドブック〜研究と実践を 結びつけるプロセスと方法〜』中央法規


目次

序章 本書のねらい
第1章 退・転院支援についての動向と課題
第2章 本研究の調査計画
第3章 患者と家族の退・転院先の意向についての調査
第4章 自宅退院後の患者と家族の不安・困り事についての調査
第5章 療養型病院・施設等への転院制約要因とそれを有する患者への取り組みについての調査
第6章 総括―MSWによる効果的な退・転院支援の実現に向けて






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