今月の2冊・2009年3月 本文へジャンプ
今回はソーシャルワーカーが主人公の小説の紹介です。


山田宗樹『人は、永遠に輝く星にはなれない』小学館、2008年



内容

 「医療相談室」-そこは、生・老・病・死がせめぎあう所。
 頚髄を損傷し、自暴自棄からリハビリを拒否し続ける男性入院患者。幼い息子の医療費免除をヒステリックに訴える母親。何不自由ない暮らしに不安を覚え、通院を繰り返す老女。半身麻痺の夫の退院を拒む裕福な妻。本名も年齢も語ろうとしないインテリ風のホームレス。突然のガン宣告を受けたあと、一度だけその部屋を訪れた独身のキャリアウーマン…。
 そして、またひとりのクライアントがこの部屋を訪れる。西原寛治、87歳。医療ソーシャルワーカー・猪口千夏は、枯れてなお狂おしいまでに燃え続ける、人生最後の命の明滅を見つめることになる。


感想

 この本は現役ワーカーの実体験に基づいたものではなく、『嫌われ松子の一生』や『ゴールデンタイム』を書いた山田宗樹氏が、熱心な取材を基にして書いた小説です。それも主人公が医療ソーシャルワーカーとくれば、読まないわけにはいきません。
 ベテランの医療ソーシャルワーカー猪口千夏は、忙しい日常業務のなかで一人の高齢者西原さんと出会います。彼の生活の質を高めるために彼女が行ったこと(内容は秘密)は、かなり意表を突くものでしたが、87歳の男性に対してはそんな支援もありかなと思わせる展開でした。
 また、西原さんの認知機能が徐々に崩壊していく部分の描写は、とてもリアルで印象に残ります。そういえば、『嫌われ松子の一生』でも松子の死に際の心理描写が妙にリアルでした。
 そしてワーカー業務だけではなく、私生活も細かく描いています。先日共同研究者とこの本の話をしていて、「保正さんと同じくらいの年代の女性だから、共感する部分もあるでしょう」という話になり、「あるある、私もこんなふうにしていた」とひとしきり話した後、「それにしても主人公の食生活はお粗末だよね。相談室で夕食にコンビニ弁当を食べるだけなんて。僕でももっと良いものを食べるよ」と仰っていました。その時は何も言いませんでしたが、私もそんな食生活を送っていたワーカー時代がありました…。
 そんなこんなで、関係者にはぜひ一読をお勧めします。
 



梁石日『闇の子供たち』幻冬舎文庫、2004年



内容

 貧困に喘ぐタイの山岳地帯で育ったセンラーは、もはや生きているだけの屍と化していた。 実父にわずか8歳で売春宿へ売り渡され、世界中の富裕層の性的玩具となり、涙すら彼果てていた…。
 アジアの最周辺で今、何が起こっているのか。幼児売春。臓器売買。モラルや憐憫を破壊する冷徹な資本主義の現実と人間の飽くなき欲望の恐怖を描く衝撃作!


感想

 厳密に言えば主人公はソーシャルワーカーというよりも、タイで人身売買される一人一人の子ども達です。その子ども達を救おうと活躍するのが、日本の福祉系大学を卒業後、タイの社会福祉センターでNGO活動を行っている音羽恵子です。かなりインパクトの強い映画にもなり、徐々に広がっていった作品です。
 まず、この本を一気に読むことはお勧めしません。というよりも、一気に読むには相当強靭な精神力が求められるため、非常に困難といってもいいでしょう。なぜなら、心をえぐられるような幼児売春のシーンが何度も何度も出てくるからです。この作品はフィクションですが、だからといって看過することができない現実に基づいていることは確かでしょう。
 そのなかにあり、音羽恵子や福祉センターの仲間が子供たちを救いたい一心で、踏まれても踏まれても歪んだ社会に立ち向かっていく姿は、唯一の希望です。人間のマイナス面だけでなく、そんな姿も描かれているからこそ、雑多で多面的な人間や社会のあり方の照射に成功しているのだと思います。
 読後数ヶ月経った今でも、たまに小説の場面が不意に浮かんでくることがあります。そんな時は、日本のなかだけを見ていては駄目だよと、自分に言い聞かせる機会にしています。


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