2016年10月・11月・12月の数冊 本文へジャンプ
今回はソーシャルワーカーが活用する技術に関する本と、山野井昌子さんへの追悼の記です。


団士郎著『対人援助職のための家族理解入門〜家族の構造理論を活かす〜、中央法規、2015年
早樫一男編著『対人援助職のためのジェノグラム入門〜家族理解と相談援助に役立つツールの活かし方〜』、中央法規、2016年


内容

 家族の見方はソーシャルワーカーの知識なのでしょうか、技術なのでしょうか。でも、あるケースを見たときに、何らかの判断を行いそれに介入していくとすると、判断する力は広い意味での技術といってよいのではないかと思います。Vass(1996:62-82)は、次の5点を中心的な技術として紹介しています※。@評価のための分析技術や研究知見の活用、この知識や理解を実践に応用することを意味する「認知的技術」、Aユーザーと関わりを持っている期間の間、全てのレベルでソーシャルワーク実践を支える「対人関係技術」、B権力と職務履行能力と説明責任という3つの鍵概念と関係する「意思決定の技術」、Cソーシャルワークの課題を全レベルで支える「管理運営の技術」、D自身とユーザーが活用可能な社会資源の範囲を知り、「効果的に社会資源を活用する技術」。つまり、ここには目に見える技術のみならず、目に見えない技術も含まれています。
 今回は、@の認知的技術に関連する家族の理解について書かれた本2冊をご紹介します。

 まず団先生の本は、わかりやすく家族の理解ができるように書かれている入門書です。何がわかりやすいかというと、まず外国の家族療法の本と違い、日本における身の回りの事例を取り上げて解説してあり、ほとんど難しいカタカナ言葉がでてこないからでしょう。また、漫画家として活躍されてきたということで、随所に絵や図が挿入してあり、本としても読みやすくなっています。
 なかにはドキッとすることも随所に書かれています。「夫婦が問題を抱えたまま、何もせずに長期間過ごしてしまうと、関係の質も劣化してしまう」(p.47)、「子どもに対してちゃんとしたことができなかったと思っている人ほど、親孝行にこだわるような気がする、これは、子ども時代にしてもらえなかったことを多く記憶している人ほど、してもらうことにこだわるのと同根かと思ったりする」(p.52)、「何を決めるかと同じくらい、どのような手続きを経て決めるか(決定プロセス)はとても重要なことだ。家族にとって『決定』は大きなテーマである」(p.71)等々です。
 そして、この本を読んだ後に実際に活用したい技術の習得には、早樫先生の『対人援助職のためのジェノグラム入門』が役に立ちます。ジェノグラムの本といえば、M.マクゴールドリック他『ジェノグラム(家系図)の臨床』(ミネルヴァ書房、2009年)が有名ですが、学部学生には少し複雑すぎて難しい時があります。そんな時、平易に書かれているこの本で基礎が学べるので、学部生には活用しやすいでしょう。
 いずれにしろ、今の学生が学べるレベルのこのような入門書の出版が、さらに望まれるところです。

Vass, A. (1996) Social work competence.-Core knowledge, values and skills, Sage publications.


目次


『家族理解入門』

はじめに

第1部家族の構造理論
I家族の群像

II問題解決へ

III家族の構造理論
 @境界/Aサブシステム/Bパワー

第2部 構造的特徴に基づく展開
I家族に起こりがちな構造的メカニズム
 @過干渉の問題/A秘密の問題/B不在の問題/C実家との問題/D上世代の権力問題/E母子密着の問題/F疾病利得の常態化問題/G兄弟姉妹間差別の問題/H大いなる他者の介入問題/Iネガティヴの流行問題

II行動パターンの推理〜事例検討の考え方〜
 @多様性とパターン/A事例検討会

IIIエクササイズ
 @ピア・グループスーパーヴィジョン/Aアセスメント/Bエクササイズ「わたしの家族ですか?」あとがき


『ジェノグラム入門』

第1章 アセスメントツールとしてのジェノグラム
  第1説 家族アセスメントの重要性
  第2説 ジェノグラム活用の基本

第2章 ジェノグラム活用のための基礎知識
  第1節 ジェノグラム表記の基本
  第2節 時代を反映した記号の紹介
  第3節 マッピング技法の展開
  コラム@ ちびまる子ちゃん一家、コボちゃん一家の
  ジェノグラムを読み解く

第3章 ジェノグラム活用のための家族理解
  第1節 家族システムという考え方
  第2節 家族理解への三つのキーワードを面接に活かす
  第3節 三つのキーワードを念頭にたずねる
  コラムA 日本人に見られる名前の伝承
  (レギュラーとイレギュラー)

第4章 ジェノグラムを読み解く
  第1節 ジェノグラムが示唆するもの
  コラムB 名字(姓)の変更
  第2節 ジェノグラムを用いた家族理解の道筋
  コラムCお家騒動

第5章 ジェノグラムを使った面接
  第1節 基本の質問事項とその展開
  第2節 質問の工夫
  第3節 ジェノグラム面接の実際

第6章 ジェノグラムカンファレンス
  1.はじめに
  2.知っていることの落とし穴
  3.ジェノグラムカンファレンスの流れ
  4.ジェノグラムカンファレンスの実際
  5.まとめにかえて



熊倉伸宏著『追補版 面接法、新興医学出版社、2003年


内容

 これまで数々の面接の本を読んできましたが、この本からはいろいろな視点を学ばせてもらいました。熊倉先生は東京大学出身の精神科医で、精神科診察の視点から面接法を書かれているのですが、それがソーシャルワーク面接でもフィットする点が多々あるのです。あまりにも深いため、現在臨床を行っていない私には実感できない部分もありますが、臨床実践者には私以上にフィットする点があるのではないでしょうか。
 あちらこちらに下線を引いて読んだのですが、とりわけ印象的な方程式をいくつかご紹介しましょう。
 「観察所見=客観データ+観察者の主観」(p.39)。この部分の解説は以下のとおり。「観察所見とは、面接者が来談者を観察して得る情報である。正確には、『面接者は、…と観察した』という意味である。つまり、観察所見の主語は面接者である。観察所見においても主語は省かれる。要するに、観察所見においては、来談者の主観的訴えに左右されることなく客観的に対象を記述するように心掛けるのである。しかし、この時でさえ、観察所見は、観察者の主観からは独立して成立することは出来ない」(p.39)。
 「面接=聞くこと+見ること+対等な出会い+専門的関係+ストーリーを読むこと」(p.48)。
 「『よく聞くこと』=構造化された観察+対等な関係+問いを立てること」(p.59)。
 等々、どんどん考えたいことがでてきます。この冬、面接のあり方を熟考したい方にお勧めの1冊です。


目次


この本を手にされた方に
T.はじめに
U.面接とは
V.面接の実際
W.面接で得られる情報
X.面接の構成要素
Y.面接の展開
Z.面接理論を学ぶこと
[.ケース・レポートを書くこと
\.おわりに





近藤直司著『医療・保健・福祉・心理専門職のためのアセスメント技術を深めるハンドブック〜精神力動的な視点を実践に活かすために〜』、明石書店、2014年
近藤直司著『医療・保健・福祉・心理専門職のためのアセスメント技術を高めるハンドブック〜ケースレポートの方法からケース検討会議の技術まで〜』明石書店、2015年


内容

 これらの本は2冊で1冊と考えてもよいのではないでしょうか。アセスメントを深めた後に高めるようなハンドブックになっています。近藤先生も医師なので、医師の視点から書くかと思いきや、「医療・保健・福祉・心理専門職のための」という前置きがついています。2冊の本ともにアセスメントのためのフォーマットがついており、それはバイオ・サイコ・ソーシャルを踏まえたアセスメント票になっています。そのため、いろいろなアセスメントのフォーマットがあるなかで、原則的なアセスメント票であるといえるでしょう。
 先ほどの熊倉先生の本との共通点は、最終的には自分のアセスメントに基づきケースレポートを書いてみて人にみてもらう、ないしはケース検討会議を開催するということが提起されている点です。結局は、いくらアセスメントができたと思っていても、それが共有できるものであり、それに基づいて検討できるものでなければチームでの支援は実現しないということなのでしょう。
 「高める」方に面白い質疑応答が載っていました。「Q 情報やエピソードを削るのが怖い。自分が削った情報の中に大事な情報があるのではないかと考えると不安なのですが?」「A 1回か2回の面接くらいで何もかもわからなくでもよいということ。私たちは占い師じゃないんだから。何から何までわからなくてもいいのですが、その代わりにモニタリングはちゃんとすること。そうすることで、自分がその時点で考えていたことや想定していたことが、その通りに進んでいるかどうか、進んでいないとすれば、どんなアセスメントが足りなかったのか:そういうことは後になってわかってくる。(後略)」(p.65)。
 とにかく技術は使い、振り返り、見直してからまた使う。きっとこの繰り返しが、自らの技術を高めたり深めたりするのでしょう。


目次


『アセスメント技術を深めるハンドブック』

第1部 精神力動的診断の枠組み(力動精神医学の成り立ち
関連する用語について
精神力動的診断とは
今日的な精神力動的診断)

第2部 精神力動的診断の方法(精神力動的な診断・アセスメントのための面接
対象喪失概念をアセスメントに活かす)

第3部 精神力動的観点の応用(薬物療法をめぐる力動的な視点
入院治療や入所施設における力動的なアセスメント
家族を力動的にアセスメントする
発達障害臨床と精神力動的な観点)


『アセスメント技術を高めるハンドブック』

第1章 ケースレポートについて考える
第2章 5分間でケースをレポートする
第3章 アセスメントのためのフォーマット
第4章 フォーマットの応用編とその他のフォーマット
第5章 レポート例とフォーマットの記入例
第6章 個人演習
第7章 グループワーク
第8章 有意義なケース検討会議にするために
第9章 ケース検討会議におけるケースレポートについて
第10章 「より深くわかる」ための視点




全介助の芸術家山野井昌子さんに寄せて
 
 2016年12月12日に山野井昌子さんは、83歳で天国に旅立たれました。私とは、前の勤務先だった埼玉大学の時以来、十数年のお付き合いをさせていただきました。埼玉大学と立正大学のソーシャルワーク総論の時間に、毎年1回ずつゲスト講師として来校していただき、ご自分の考えを学生達にお話してくださいました。なかには、感動のあまり涙を流す学生もいたほどです。一体、山野井さんのどんなところが若い人達の心に響いたのでしょうか。

 1933年、山野井さんは生後数カ月で小児麻痺に罹り、四肢不自由となりました。ご自分で自由に動かせるのは口もとだけという、全介助の重度障害です。幼い頃、今のように障害をもつ人達の就学が保障されていなかったため、山野井さんは学校に行かず、ずっと家のなかで過ごしていました。それでも学びへの欲求が強く、24歳で短歌の先生のもとに弟子入りし、短歌を学び始めます。彼女の学び方は、広辞苑や辞書を舌でめくってそこに書いてあることを理解するという、壮絶な方法でした。何度も何度も辞書をめくり、辞書の片側が唾で厚くなるほどでした。その努力が実り、やがて短歌の世界で県知事賞、全国短歌大会秀作賞等々を受賞していきます。それらを集めたのが『いのち掻きたてて』(文芸社、2002年)です。

 さらに、彼女の興味は留まるところをしりません。キリスト教の洗礼を受け、彼女が出演したNHKテレビ「福祉の時代」で放送文化基金賞を受賞。口だけで操作して撮った写真でも浦和市障害者文化作品展奨励賞をとりました。彼女の写真集『あなたへ』(相川書房、2001年)には、写真とともに詩が添えられてあります。また作詞も行い、歌手のシータθさんに詩を提供しています。シータθさんの歌「抱きしめて」は、アニメソングにもなりました。本当に瑞々しい歌詞です。また、近年では本棚の特許を申請し取得されたそうです。そんなふうに、どんどんと自分の世界を広げていった山野井さん。いつも前向きなその姿に、私も学生も感銘を受けました。きっと、体や心が痛かったり辛かったりすることもあったでしょう。でも、いつも私たちの前では、お洒落をして明るい話をされていました。              

 私は、山野井さんが突然逝ってしまったことに大きなショックを受けました。それと同時に、「立派な83年だったなぁ、走り抜けた人生だった」と思わずにはいられません。山野井さん、身を持って私達に生きざまを見せていただき、本当にありがとうございました。痛みも苦しみもない光の世界で、どうぞ安らかに眠ってください。。。
 
 
抱きしめて  作詞 山野井昌子

世界中の宝石を飾ってみても
夜の星みんな集めてみても
地球上の全ての花を見ても
どんなに歌を歌ってみても
あなたが居なければ私の心は燃えない
苦しいほどのときめきがあるうちに抱きしめて
やさしく愛を貰えればただそれだけで生きられる 生きられる

地球上の全ての花枯れても
どんなに辛い歌うたっても
あなたのそばならば私の心は負けない
苦しいほどのときめきがあるうちに抱きしめて
やさしく愛を貰えればただそれだけで生きられる 生きられる

あなたが居なければ私の心は揺れない
あなたが居てくれれば私の命が輝く

苦しいほどのときめきがあるうちに抱きしめて
やさしく愛を貰えればただそれだけで生きられる 生きられる
苦しいほどのときめきがあるうちに抱きしめて
あたたかな愛を貰えればそれだけで生きられる 生きられる


        


 
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