今回は、福祉教育に関連する本+自らのルーツを考える本をご紹介します。 |
川廷宗之著『社会福祉教授法〜介護福祉士・社会福祉士・保母養成教育の授業展開〜』、川島書店、1997年
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内容
私は今、日本社会福祉教育学会の理事を行っています。この学会は、2005年に設立されたまだ若い学会です。母校の恩師である宮田和明先生が亡くなられて理事ポストが空いた際に、川廷宗之前会長よりご推薦をいただき理事に就任しました。それから数年間、理事を務めるなかで、とても愛着のある学会の一つとなっています。私自身がもともと福祉教育に関心があったことに加え、まだ十分に確立していない福祉教育の研究開発にチャレンジしたい強い意欲があるためです。
そこで今回は、福祉教育の考え方と方法に関する4冊の本と、この間読んで共鳴を受けた自らのルーツを考えるのに役立つ2冊の本をご紹介します。
約20年前に川廷先生が書かれたこの本は、私が大学教員になって間もない頃に読んだ記憶があります。でも、その頃は日々の授業をこなすのに精一杯で、本書に書かれている真髄までは到底理解できていなかったような気がします。そんな本書を、つい先日、読み返す機会がありました。さすがに20年間教員を行っていると、当初に比べ内容の理解度が違うことを感じました。
本書を貫く哲学が論じられている第1章・第2章で印象的なのは、次の部分です。「社会福祉援助専門職員の養成とは、そういうきわどい仕事(評者注:利用者の事故や怪我、心理的精神的な問題の発生)をする職員を養成することなのである。そして社会福祉教授法は、そういう困難な現実の仕事のなかで有効な援助を行える能力を身につけさせることが、一つの目標となることはいうまでもない」(p.10)。
「社会福祉専門職員の養成教育における教育理念は教育実践のなかに表現されていくように十分検討する必要がある。そして教育課程においては、教育理念に表現されているような社会(福祉現場実践)とのかかわりを踏まえ、目指すべき社会福祉業務の対象と方法の明確化を前提として、教えるべき教育内容を明らかにし、その教育方法を考えるという手順を踏んでいく必要がある」(pp.47-48)。
とても明快で至極当然なことでありながら、常に教員の頭を悩ませることといえるでしょう。物品ならば「製造責任」が製造者に問われるのと同じように、教育は製造ではないけれど養成責任が養成者には問われます。教員自身が教育を行うことで手一杯の時代には、養成した後のことまでは到底考えることができませんでした。今だって、確たる効果測定をしていないため、卒業生達がきちんと仕事を行えているのかまでは自信がないのが正直なところです。
ただ思うのは、一教員ができるミクロな教育だけでは人は育たないということ。多様な教員や学生達がいて、連携する実習先や現場があり、学生を支える学校や組織というメゾシステムがあり、教員制度やそれを規定する資格制度というマクロシステムがあり、それらが統合された場で養成を行うということです。そのため、大学教員は強弱はありつつもそれら全てのシステムに目配せしながら、日々模索する必要があるということなのでしょう。そのようなノウハウ面についても詳述してあるこの本をもっと何度も読み返すべきだったなぁと、今更ながら思うのでした。
目次
第1章 なぜ「社会福祉教授法」か 第2章 養成教育における教育課程の全体像―認識の構造と教育課程 第3章 学内授業の展開(シラバス) 第4章 主体的な授業への展開―細かい授業への配慮 第5章 授業の工夫と発展 第6章 学外実習教育 第7章 教育課程実現のための条件整備
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二木立著『福祉教育はいかにあるべきか〜演習方法と論文指導〜』、勁草書房、2013年
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内容
この本は、私の修士課程時代の恩師の二木先生が書かれました。現在、日本社会福祉教育学校連盟会長である先生は、私(同連盟事務局次長)の上司(?)でもあります。全体で3章構成になっており、第1章は学部教育での経験と工夫を専門演習を中心とした総括的な紹介、第2章は研究論文指導に焦点を当てた経験と工夫の紹介、第3章は「拠点リーダー」を努めた日本福祉大学21世紀COEプログラム(2003〜2007年度)の経験の紹介です。
それぞれの章は沢山の資料を引用して明快に述べられているのですが、私にとっては付録の修士論文要旨と学部専門演習レポートの添削例が最も印象的かつ実用的なものです。書いた人の名前は伏せてあり、たぶん(もちろん)了解を取られての掲載だとは思いますが、かなり赤裸々な添削事例(p.202〜)が載っています。そこには「仮説としては複雑すぎる。」「仮説@〜Bとの関係を明示せよ。」「『調査結果』より『考察』が長いことはありえない!と何度も言ったでしょ!」等々、一気に大学院時代を思い出す言葉の数々が並んでいました。
当時、研究をまとめたレジュメが真っ赤になるほど添削され、かつ、「翌日まで直して持ってきなさい」と指示されて半ベソをかきながら徹夜した日がありました。でも、そんな添削をしていただいたおかげで、今は私が細かく学生や院生のレジュメの添削を行っています。
この本を読んで、二木先生は優れた研究者であるだけでなく、とても木目細かい教育をされてきた教育者なのだということが改めてわかりました。福祉教育を実施する際の視点とノウハウを学びたいときにお勧めの1冊です。
目次
第1章 専門演習指導はいかにあるべきか―日本福祉大学での教育と研究と校務の23年、そして先へ(学部での教育の経験と工夫―専門演習を中心として ゼミの3つの目標と6つの能力 私のゼミ指導のモットーと4つの心がけ 大学院での教育の経験と工夫 日本福祉大学での研究と校務の23年) 第2章 研究論文指導はいかにあるべきか―研究倫理を踏まえた研究論文の書き方・指導方法(私の研究論文指導の原点 研究論文執筆面での自助努力 研究論文指導の実際とそれを通して感じたこと 新しい挑戦―(若手)教員・研究者の博士論文作成・博士学位取得支援) 第3章 大規模研究のマネジメント―宮田和明学長と21世紀COEプログラム(日本福祉大学・21世紀COEプログラム本格始動 21世紀COEプログラム―5年間の教育研究の総まとめ)
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D.W.ジョンソン他著、関田一彦監訳『学生参加型の大学授業〜協同学習への実践ガイド』、玉川大学出版部 、2001年
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内容
この本は、直接福祉教育について論じているわけではありませんが、学生参加型の大学授業、つまり今日本でも脚光を浴びているアクティブラーニングを学ぶための良書です。特に、相談援助演習や実習指導に活かせるのではないかと思います。本書の目的は「大学生の学力を高め、協調的な交友関係をつくり、身体的に健康な学生を精神面でも大学環境に適応させるために協同学習を活用する方法について」述べること(p.7)です。
なかでも興味深かったのは、授業の演出家としての教員の役割について述べている部分です。「各授業において、教員は『舞台の上の物知りな主役』か『舞台の袖の演出家』になるか選択をしなければなりません。そうするために、大学の授業における課題は、学生のために教材をカバーするのではなく、学生とともに教材を袋から出すことである、ということを思い出してほしいのです」(p.88)。
そして協同学習における教員の役割は以下のとおりです。「教員は学習グループを組み、基礎的概念や方略を教え、学習グループの取り組みを観察し、小集団活動にふさわしい社会的技能を教示するために介入し、必要に応じて課題支援を提供したり、到達度評価システムを用いて学生の学習を評価したり、また、一緒に仕事をするうえで各メンバーの行為がどれだけ効果的だったのかグループで振り返りをするのを促したりします」(p.89)。
「確かに、そんなことをいつも演習でやっているなぁ」、と思いながら読みました。演習・実習教育のヒントが沢山詰まった1冊です。
目次
1章 大学教育と協同学習 2章 協同学習に関する研究 3章 協同学習の基本要素 4章 フォーマルグループ 5章 インフォーマルグループ 6章 ベースグループ 7章 建設的討論技法 8章 協同学習技法の統合的活用 9章 同僚と協力しあう教員集団づくり 10章 実践への励まし
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栗田直子・與那嶺司著『福祉実習に行くあなたのための準備本〜こんなときどうする?〜』、相川書房、2006年
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内容
この本は、授業や研修で日頃から活用させていただいています。タイトルのとおり、実習の事前指導のテキストまたはサブテキストとして執筆されたものであり、学生達が実習前に習得すべきいくらかのポイントが整理されて述べられています。
なかでも私が活用しているのは、実習記録の書き方の部分で4コマ漫画(砂場で遊んでいる子どもが別の子どもに後ろから声をかけられて怒る場面)を観察事実として書き、その後、分析・考察を行い記述するというワークです。実際には、これに「この子どもはなぜ怒ったのかを考えよう」という仮説を挙げるワークを付け足して、使わせてもらっています。なので、すっかり4コマ漫画に出てくる子ども達に感情移入してしまっている状態です。
また、この本では日常基本マナーの確認として、箸のもち方や雑巾の絞り方、オリエンテーション時や実習中の服装の例がイラスト付きで載っています。まさに、上記で紹介した教員の役割のうち「社会的技能の教示」にあたるわけです。近頃は、これに電話の取り次ぎ方や雑談の仕方、敬語の使い方なども入れていますが。。。
ということで、学生にとってはわかりやすく、教員にとっては使いやすい1冊です。ぜひ、最新の学生の動向を踏まえた改訂版を出版していただければありがたいですね〜。
目次
1 オリエンテーション
1−1 福祉実習の目的と意義
1−2 福祉実習における事前指導の位置づけ
1−3 福祉実習の形態および期間
1−4 福祉実習のスケジュール
2 実習テーマの発見
2−1 どのような実習先があるのか
2−2 実習のための準備ワークシート
2−3 画用紙マッピング
3 コンセプトメイキング
3−1 コンセプトメイキングとはなにか
3−2 コンセプトメイキングにおけるポイント
3−3 実習中の留意事項の確認:実習で気をつけるべきこと
4 プランニング
4−1 実習計画書
4−2 個人票
5 プリパレーション
5−1 マナー講座その1:事前訪問のマナー
5−2 マナー講座その2:会話のマナー
5−3 マナー講座その3:日常基本マナーの確認
5−4 マナー講座その4:服装・みだしなみのポイント
5−5 実習記録:その意義と作成時の注意点
5−6 実習記録の書き方:「正しい」文章を書こう
5−7 実習記録の書き方:「観察事実」と「分析・考察」
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東山紀之著『カワサキ・キッド』、朝日文庫、2015年
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内容
フェイス・ブックを行っていると、知り合いが増えるだけに留まらず、意外なメリットがあることがわかってきました。たまにアップされるニュース記事を見て、「こんな人がいるのか」「こんな本があるのか」と情報の幅が広がることです。そこで出会ったのが東山さんと安富さんの本です。2人に共通しているのは、「境界にいる人」「境界を行き来する人」であり、自分のルーツを考えてきている人です。そして、それが私に響いたため、ここで取り上げました。
まず少年隊の東山さんの本について。この本を読むまでの私の印象は、日々トレーニングを欠かさないストイックな男性で、いまも第一線を走っているジャニーズのアイドルというものでした。それがいかに表面的な理解かが、本を読んでわかりました。
彼はロシア人の祖父がいるクオーター、幼い頃、離婚した母と妹と三人で川崎のコリアン・タウンの一角の小さなアパートで貧しい生活を送ってきました。お腹をすかせていた東山少年と妹は、よく近所の焼肉店の朝鮮人母子の家でご飯を食べさせてもらっていました。そのため、彼も母も韓国・朝鮮人を差別する意識をまったくもっておらず、感謝の気持ちでいっぱいだったと書いています。こんなかんじで、社会的に弱い立場に置かれている人達に対する眼差しが、とても温かいのです。
その後、芸能界への運命の扉が開き、次々とチャレンジの機会が到来していくのでした。そして大スターになった今、再び川崎を訪れてこう思うのです。「川崎を歩いて気づいたのは、自分が長く帰りたくなかった世界にも、自分にとってかけがえのない人々、かけがえのないものがあったということだ。そして、いま僕の帰るべき場所はどこにあるのだろうと考える。…どんなときも、川崎で過ごした日々を思い出せば、また前に進める気がする。川崎に帰り、いままた、僕は新たな人生の一歩を踏み出した」(pp.290-291)。おそらく、この本を執筆した時にはまだ結婚しておらず、子どももいなかった東山さんですが、今はもう帰るべき場所にたどりついたのではないでしょうか。
この本を読んで懐の深い東山さんを、一アイドルというより一人の人間として応援していきたいと思いました。
目次
1 カワサキ・キッド
2 運命のとびら
3 新たな世界で
4 出会いと別れ
5 四十代キッド
6 帰る場所
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安富歩著『ありのままの私』、ぴあ株式会社、2015年
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内容
そしてこの本もまた衝撃的であり、眼が開かれる思いで読みました。安富さんは名前だけ見ると一見女性かと思いますが、生物学的には男性であり、著名な経済学者の東京大学教授です。そして何が「ありのままの私」なのかというと、「自分は男性のフリをしている」という事実に気がついた後に、「男性のフリ」を辞めて日常的に女性装をしはじめたトランスジェンダーだからです。
安富さんは女物を着ると「ただならぬ安心感」を感じるそうです。そして、本に掲載されている写真を見ていくと、ヒゲをレーザー脱毛し、スカートをはいて外出するようになり、髪を本格的に染めるようになり、テレビに出演するようになり、という過程のなかでとても美しくなっていっているのです。本を読み、「この人には女性装をする必然性(理由)があるのだなぁ」と思った時に、一面的にしか人を見られなかった自分を恥じました。そして、以前受けた衝撃を思い出したのです。
昔、ある場所でご一緒した方が、自分のことを書いたネット記事を間接的に私に読ませてくださいました。その人は、身体的な性別を男性か女性かというふうに単純には分類できない、半陰陽の方でした。それまで、知識としてはそのような状態の人がいることは知っていたのですが、もしかすると自分は教師の立場で教室内の学生を男子か女子という枠だけで捉えて傷つけた人がいなかっただろうかと思うと、ハンマーで頭を殴られたような気分になり、1週間程落ち込み関連する本を読み漁りました。
このような、自分の無知や無知からくる一面的な見方が、時には人を傷つける力になってしまうのではないかと思うと、とても恐ろしい思いがします。ソーシャルワーカーの倫理綱領のなかで、私が最も好きな部分は「価値と原則」の「人間の尊厳」です。「ソーシャルワーカーは、すべての人間を、出自、人種、性別、年齢、身体的精神的状況、宗教的文化的背景、社会的地位、経済状況等の違いにかかわらず、かけがえのない存在として尊重する」。学生達には、「こんなリベラルな姿勢なソーシャルワーカーは素晴らしい」と言っている教員自身がそうなりきれているかを、常に自己点検しなければならないと自戒をこめて思います。そんな気持ちを思い出させてくれた1冊でした。
目次
はじめに〜研究と女性装〜
第1章 きっかけは
減量成功
女物を着始めた頃
化粧をしてみる
ただならぬ安心感
他
第2章 初めての経験
ヒゲのレーザー脱毛
スカートをはいて外出するまで
スカートをはいて銀行に行ってみる 他
第3章 メディアを通じて
フジテレビ『アウト×デラックス』に出る
『アウト×デラックス』出演後の反響 他
第4章 無縁の原理
無縁の原理とマツコ・デラックス
異性装:三橋順子『女装と日本人』
第5章 歪んだ視点
トランスジェンダー
「性同一障害」という歪んだ見方
ホモセクシュアルの一般性:日本人は昔からやってるし、動物だってやっている
第6章美しさとは
女性装者を歓迎してくれるお店
オトコっぽい女性が美人
自分を偽らない
おわりに〜タイトルに寄せて〜
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