今月は「希望」について考えさせられる2冊です。
ヴィクトール・E・フランクル著、池田香代子訳『夜と霧 新版』、みすず書房、2002年
内容
このところ疲れているせいか、自分自身を奮い立たせるために「希望」について語ってみたくなりました。東京大学では「希望学」プロジェクト(http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/)が進められているようですが、勉強不足のため今回は「学」には触れないこととし、「希望」について考えさせられ、自分が勇気づけられた2冊の本を取り上げます。
ナチスの強制収容所に収容された精神科医のヴィクトール・E・フランクルによって書かれたこの本は、今更、紹介するのもおこがましいくらいのあまりにも有名な一冊ですが、なかでも感銘を受けた部分を紹介します。
「収容所の日々、いや時々刻々は、内心の決断を迫る状況また状況の連続だった。人間の独自性、つまり精神の自由などいつでも奪えるのだと威嚇し、自由も尊厳も放棄して外的な条件に弄ばれるたんなるモノとなりはて、『典型的な』被収容者へと焼き直されたほうが身のためだと誘惑する環境の力の前にひざまずいて堕落に甘んじるか、あるいは拒否するか、という決断だ。(中略)つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な『被収容者』になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ」(pp .111-112)。「収容所にあっても完全な内なる自由を表明し、苦悩があってこそ可能な価値の実現へと飛躍できたのは、ほんのわずかな人びとだけだったかもしれない。けれども、それがたったひとりだったとしても、人間の内面は外的な運命より強靭なのだということを証明してあまりある」(p.114)。
どんな状況であっても、人間としての尊厳と希望を強く心に秘めた筆者の姿に、心打たれました。そして、もし自分だったらどうだろうと考えずにはいられません。
それと同時に、このような過酷な「外的な運命」が強いられた時代があったことを、決して忘れてはならないという思いを強くするのでした。
目次
心理学者、強制収容所を体験する
知られざる強制収容所/上からの選抜と下からの選抜/被収容者119104の報告――心理学的試み
第一段階 収容
アウシュヴィッツ駅/最初の選別/消毒/人に残されたもの――裸の存在/最初の反応/「鉄条網に走る」?
第二段階 収容所生活
感動の消滅/苦痛/愚弄という伴奏/被収容者の夢/飢え/性的なことがら/非情ということ/政治と宗教/降霊術/内面への逃避/もはやなにも残されていなくても/壕のなかの瞑想/灰色の朝のモノローグ/収容所の芸術/収容所のユーモア/刑務所の囚人への羨望/なにかを回避するという幸運/発疹チフス収容所に行く?/孤独への渇望/運命のたわむれ/遺言の暗記/脱走計画/いらだち/精神の自由/運命――賜物/暫定的存在を分析する/教育者スピノザ/生きる意味を問う/苦しむことはなにかをなしとげること/なにかが待つ/時機にかなった言葉/医師、魂を教導する/収容所監視者の心理
第三段階 収容所から解放されて
放免
『夜と霧』と私――旧版訳者のことば(霜山徳爾)
訳者あとがき
フレッド・エプスタイン著、塚本明子訳『もし五歳になったら〜小さな者の大きな力〜』ゆみる出版、2009年
内容
小児脳神経外科のキャリアを歩みだしたばかりのフレッド医師に対して、重篤な脳腫瘍を患った4歳の女の子が手術後にこう言います。「もし五つになったら、二輪車に乗れるようになる―」と。それ以降も、もし五つになったらお兄ちゃんとゲームをし、蝶結びを覚え、漫画が読めるようになり、縄跳びの後ろ跳びができるようになり…と少女は次々に語ります。その言葉を聞き、氏は知らず知らずのうちに四歳の女の子から勇気をもらっているのに気づきました。
そして氏は、「『手術不能』の印が押されている腫瘍に出会ったら、まず命の境界線にいる子どものほうに目を向けなければならないことに気づ」き、「子どものことを決して諦めてはいけないという」決意が固まったのです(p.12)。その後の氏の活躍ぶりは、目覚しいものがありました。ニューヨークのベス・イスラエル病院にある神経学・神経外科学研究所を創設し、レーザーや超音波の超巨大望遠鏡を用いた新技術を駆使して、数千人の子どもの命を救いました。
この本を読んで終始一貫して感じたのは、常に子どもの立場から出発し、子どもと家族に注ぎ続けるフレッド医師の温かい眼差しです。そして「希望と信念は、すべての患者が回復するうえで、そしてすべての患者の家族が持ちこたえるうえで、非常に大きな役割を果たします」(pp.142-143)という一文に集約されている、希望と信念の大切さでもあります。多分、自身が子どもの頃に学習障害と多動性障害を乗り越え、周りからは「不可能」と言われ続けた医学部に入学し、医者への道を歩み始めた時の「希望と信念」があったからこそでしょう。
読後はとても穏やかで、温かい気持ちになれました。そして、すでに亡くなられたフレッド医師の偉大さを痛感するのでした。
目次
第1章 ひとの手をとる
第2章 今を生きる
第3章 恐怖心と向き合う
第4章 奇跡を信じる
第5章 強みを生かす
第6章 かぎりのない愛
エピローグ