東京社会福祉士会研修委員会〜人生最高のグループとの出会い 本文へジャンプ
今度は上京してから出会った東京社会福祉士会研修委員会の思い出です。私にとって、今でも人生最高のグループです。


 縁あって20代後半で愛知から東京に移り住んだ私にとって、全てが未知の世界でした。住む場所も、会う人も、行う仕事も、人々の多さに常に圧倒され続けました。とりわけ、たまに朝の総武線(千葉方面から東京方面へ)に乗ることがあると、そのラッシュの凄まじさには驚くばかりでした。
 そんななか、以前の勤務地だった岐阜県との共通項といえば、やはり社会福祉士会です。さっそく東京支部に入会したものの、何からどう行えば良いかわからず、最初は立ち上げたばかりの老人保健施設の仕事の忙しさもあり、ほとんど出掛けることはなかったように思います。でも1年半後に職場を短大に移してから、何かやろうという余裕がでてきました。

 そこで、ある時社会福祉士会の研修会と懇親会に出て挨拶をしたところ、「事務局員をやってみないか」という話しになりました。理事会に出席し、書記をするのです。岐阜県では理事もやっていたので、「それでは」とまずは事務局の仕事から行いました。
 その後、研修委員会で企画を立てるから入ってほしいという話になり、研修委員会にも顔を出すようになりました。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いで生活保護分野を引っ張っていたSさん、私の東京のお姉さんのような存在で今でもお友達のHさん、区役所勤務で大らかなお兄さん的存在のHさんが研修委員を行っていました。この頃から、私はどこに顔を出してもだいたい一番歳下だったので、教えられることが多く、いじられることもありました。研修会の企画を話し合った後は、いつも美味しいものを食べに行っていました。
 そんななか、跳ねっ返り娘は本領を発揮し生意気なことをバシバシ良いながらも、お兄さん・お姉さんと一緒に活動できることが嬉しくて・楽しくて仕方ありませんでした。いつもいつもケラケラ笑っていました。今でも、この時の研修委員会メンバーは、人生最高のグループです。それぞれに個性に溢れ、でもみんな尊重しあって、新しい研修を実施するために前向きに取り組んでいたグループ。今、時々グループワークを教える際に、「あなたにとって、良いグループと良くないグループの雰囲気の違いを考えてみましょう」という演習を行います。その時、私の脳裏に必ず思い浮かぶのはこの時のグループの雰囲気です。
 
 この研修委員会を行うなかで、学んだことがいくつかありました。
 一つは、研修運営者の服装についてです。今は亡き大御所の先生を講師にお招きして講演を行ってもらった時に、ある市役所職員に司会をお願いしました。当然、公務員ですし、司会だから常識的な格好で来ると思っていました。ところが当日、その人はポロシャツに短パン、ビーチサンダルで司会を行ったのです。あまりにも驚き、また講師の先生に失礼だったので謝ったような気がします。それ以降、当然のことではありますが、TPOをわきまえた服装をすることが大切ということが頭から離れません。
 二つ目は、人をよく見る必要性です。私は、人見知りなのか社交的なのか自分でもよくわからないところがあるのですが、研修会に参加した人に誰彼かまわず声をかけて研修委員になってもらいました。が、そのなかの一人がトラブルメーカーだったために、後で大変な事態を招いてしまったことがありました。その時は「一緒にやりたい」と思うので声をかけるのですが、「もっと人をよく見て対応しなければ」と反省しました。が、幸か不幸か今でもその傾向はあります。。。
 そして三つ目は、願えばかなうということです。研修会の企画で忘れられない出会いがありました。それは今は亡き尾崎新先生を継続研修の講師にお呼びしたことです。その経緯は別の機会に書きましたが、私にとっては憧れの尾崎先生に研修講師をしていただけたことは、願いがかなったことになります。尾崎先生と近くでお話できる機会が得られたことは、その後の私にとっても大きな財産になりました。今も講義で、先生の御本に書いてあることを学生に伝えることがあります。20年前に出された本の内容は、全く色あせることはありません。

 そんな東京社会福祉士会研修委員会には、運営側、講師側として、随分長い間関わったように思います。いつの間にか私の状況が変わり、東京社会福祉士会への関わりはほとんどなくなっていきましたが、東京生活の出発点であり、研究者としてのスタートラインで関わった会活動は、沢山の学びとつながりをもたらしてくれたのでした。



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